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アジアンカフェをよろしく!

旅の夢をみよう いつかその場所を訪れるまでは  /  旅はヒーローになれる! 初めての街にはその舞台が用意されている。
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4日目 2017年10月7日 マーレ マーフシ島 

マーレを歩いた

 昨日は疲れていた。2:00過ぎに着いたシンガポール・チャンギ空港で一睡もできず、そのあと暑いシンガポールを歩いた。シンガポールからマーレに着いたのは夜で、食事のあとはすぐに寝た。

 10:00頃まで寝るつもりでいたが、起きたのは8:00だった。窓を突き抜けてくる歓声に目が覚めた。オフディインの窓から見えるグランドでは早朝からサッカーをやっていた。モルディブの人々はサッカーが好きなのだ。昨日は22:00を過ぎてもサッカーをやっていた。FIFAランク150位前後のモルディブはW杯予選で韓国と引き分けたことがある。

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 10:00前にオフディインをチェックアウトした。

 フィア(モルディブ通貨)を手に入れなければならない。見つけたATMで新生銀行の国際キャッシュカードを入れてみた。残高があることにまちがいないが、フィアを引き出せなかった。

 今日は土曜日で銀行は閉まっていた。ボドゥタクルファヌ・マグ(マーレの北側の海に沿った通り)を西に歩いた。5、6ヶ所のATMにカードを入れてみたが、結果は同じだった。

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 チャンダニー・マグまで歩いてようやく両替商を見つけた。日本円をフィアに両替した。

 チャンダニー・マグはマーレの中心である。

 Number1-Jetty(大統領専用桟橋)の前にあるのがジェムフーリー・メイダーンという公園である。公園内にある国旗掲揚塔の東側には国家警察がある。公園の南側には木が茂っており、その下で休んでいる人たちがいた。国旗掲揚塔の国旗はモルディブで最大サイズの国旗がはためいていた(国旗を撮影したはずなのだが、削除してしまったようだ)。

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  ジェムフーリー・メイダーンの南側にあったイスラミック・センターに入った。黄金のドームと白い壁の建物を持つイスラミック・センターは、世界中のイスラム教徒の寄付によって1984年に建てられた。入っていいのかどうかわからなかったが、誰も何も言わなかったので入ってみた。広々とした礼拝堂にはシャンデリアがあり豪華な感じがした。図書館や学校が併設されている。

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 フクル・ミスキーはモルディブ最古(1600年代)のモスクらしい。ミスキーはモスクのことである。石ではなく珊瑚(と木)でできているらしい。内部の造りは細部まで凝ったものだった。敷地内には墓石があり、日本の墓地と似た雰囲気があった。灯台のようなミナレットがあった。

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 フクル・ミスキーの前には大統領官邸(ムーレア-ジェ)。ヨーロッパの屋敷のようにお洒落である。ゲートの色合いはかわいい。使われていないのだから、入場料を取って開放してもよいと思うが、入ることはできない。

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 隣りにあるゼラヤス墓地には入れなかった。

 サルタンパークはスルタンの宮殿の敷地内にあった庭を公園にしたものである。緑が多く植物園の雰囲気があったが、大きくはなかった。

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 いきなりの雨である。好都合なことにサルタンパークの入口には国立博物館があった。モルディブの歴史、仏教国からイスラム教国への変遷が学べる博物館であるが、ほとんど興味を持てなかった。土偶、土器、陶器などを見て回った。

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 私が入館してから出るまで誰も入ってこなかった。雨が止むのを待って国立博物館を出た。

 マーレは小さな街で、チャンダニ―・マグ周辺は広くはない。食事処を探しながら歩いた。

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 シーガル・カフェ・ハウスに入った。有名店のようだ。12:00を過ぎたところだったが、ブレックファストメニューを注文できた。

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 マーレの街中をぶらぶら歩きながら、島の南西方向をめざした。チャンダニー・マグを離れれば、閑散としているだろうと思っていたが、賑やかな雰囲気は西側の海岸まで続いていた。

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 13:30、マーレ南西ハーバーに着いた。

 マーフシ島に向かう公共フェリーは満席で乗れないことがあるらしい。だから早めにやって来た。チケット売り場に着いたのは1時間半前である。無事にチケットを買うことができた。片道23フィア。

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 昨夜マーレ国際空港の港から乗ったドーレ(渡し船)が着岸したエアポートエクスプレスターミナル付近からマーフシ島行きのスピードボートが出ている。到着時間は半分近くに短縮されるが、料金は25ドルに跳ね上がる。公共フェリーの10倍である。もし公共フェリーのチケットを買うことができなかったなら、来た道を40分ほど歩き、スピードボートで行くしかなくなる。

 チケット売り場の近くに店はなかったが、周辺はわりと賑わっていてカフェや地元の食堂がいくつかあった。南西ハーバーに向けて歩いているときカフェを見つけていた。5分ほどのところにあったカフェに入り出発時刻を待った。

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 マーレ南西ハーバーには小さな船が頻繁に出入りしていた。

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 15:00、公共フェリーは出航した。客は多くなかった。出航時刻ぎりぎりにやって来ても十分に乗れた。

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ついにマーフシ島へ

 フェリーはそれほど揺れなかった。途中リゾート島を2つほど見ることができた。

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 Gulhiという島に立ち寄った。そこで数人の外国人が下りた。

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 17;00前、マーフシ島に着いた。

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 フェリーを下りたところには多くのホテルの迎えがあった。迎えといっても荷物を載せるための手押し車による迎えである。0.2km×1.5kmほどの細長い島で車は必要ない。リュックを手押し車に載せてもらいホテルの案内人といっしょに砂の道を歩いた。

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 港から徒歩2分のマーフシインにチェックインした。2泊する予定である。1泊31.8ドル(3,595円)はマーフシ島最安値のバックパッカー系ホテルである。

 バス、トイレ付きの部屋はきれいだった。Wifiはオープンスペースで使えるとブッキングドットコムに書いてあったが、「可能なら、Wifiが使える部屋を希望する」とリクエストしておいた。案の定、1階のレセプションに近い部屋があてがわれた。外の音が少し聞こえてきたが、問題ない。Wifiは部屋のなかでもつながった。

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 このレベルの宿はマーフシ島とその他のローカル島にしかない。

 モルディブには26の環礁と1,200の島がある。そのうちリゾート島は120くらいである。そこは1島につきリゾートホテルが1軒と決められている。宿泊費は1泊数万円~20万円ほどになる。リゾートの紹介は304ページの「地球の歩き方」のほとんどすべてである。

 数年前からモルディブ政府はローカル島にゲストハウスを作るのを認めた。地元の人が暮らすローカル島は200くらいあるが、ゲストハウスのある島がどこなのかまったくわからない。そのなかにあってマーフシ島こそはモルディブ国内で唯一バックパッカー的な旅ができる島である。マーフシ島は「地球の歩き方」には1行の記載もない。

 17:00を過ぎても、陽はまだ残っていた。

 島を歩いた。山がないどころでの話ではない。小高い丘も、ちょっとした盛り上がりさえない。ツバル、キリバスにはわずかな起伏があった気がするが、明日の朝から半日ほどの時間をかけ、砂浜の砂をかき集め積み上げたら、(人工的な建物と木を除いて)マーフシ島の最高地点を作ることができるかもしれない。日本の島にはあり得ない平坦さである。

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 大きくないホテルがあり商店があった。ハンモックのような椅子が家の前に置かれ、休んでいる人たちがいた。

 突然雨が降ってきたが、すぐに止んだ。雨は道の砂を浮き上がらせていたが、それもすぐにおさまった。

 道は白く細かい砂の道であると最初思ったが、一部の道に補装されたようなところがあった。その上に砂が積もっているようだ。毎日砂を掻き出すのはやっかいな仕事である。いつしか砂を掻き出すことを住民たちは止めてしまったのかもしれない。

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 下の“Hotel Rocket Cafe”はもちろん“Hard Rock Cafe”のパクリである。

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 島は狭かった。歩き続けるということは同じところをぐるぐる回るということである。さっき南北に歩いた通りを西から横断したり、同じホテルの前を2、3度歩いたりといった具合になる。

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 そうこうしているうちに夜になった。

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 STINGRAY BEACH INNのレストランに入った。さっき入った商店でビールは売られていたが、レストランにビールはなかった。「ジンジャービアーがある」と注文を取りにきた男は言った。

 欧州で広く普及しているグレックサラダはその原型を止めていなかった。ゴツゴツした感じはなく、甘くなよっとしたサラダにかたちを変えていた。すべてが細かく調理されていた。ナシゴレンはうまかったが特徴のない一品になっていた。

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