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アジアンカフェをよろしく!

旅の夢をみよう いつかその場所を訪れるまでは  /  旅はヒーローになれる! 初めての街にはその舞台が用意されている。
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31日目 2017年1月17日 ゴゾ島(マルサルフォルン イムジャール) セント・ジュリアン ヴァレッタ

ナドゥールを経由してイムジャールへ

 9:30前、ランタンゲストハウスをチェックアウトした。徒歩1分のマルサンフォルン・バス停で待っている人はいなかった。

 バス322番 マルサルフォルン9:40発 → Vapur(=チュルケウア)10:18着

 バスはシャーラを通った。2日前に見た教会とジュガンティーヤ神殿の入り口の前を通過した。

 バスの目的地は島の南東であるが、シャーラからは一度北に向かった。道がその方向にしかなかったからである。狭い道は悪路といってよかった。島の北にあるラムラ湾にかなり近づいたが、南に方向を変えた。そこで道は少しよくなった。

 バスがナドゥールを通ることを知っていた。昨日チタダルから見えた教会のある町である。バスが町中に入ったとき、下車するかどうかを決めようと思っていた。バスはナドゥールの、教会の周辺を周っただけだった。遠くから見えていた教会は町のなかに入ったバスの車窓には現れなかった。道路の両側にカフェは1軒もなかった。ナドゥールで朝ご飯を食べてからゴゾ島を出ようと思っていたが、下車しないことにした。

 ナドゥールを過ぎると海が見えた。バスは丘陵地帯をゆっくり下っていった。イムジャールの町が見えてきた。対岸のチェルケウアを出たゴゾフェリーがイムジャール港に近づいているのが見えた。

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 バスを下車してイムジャールを歩いてみることした。坂を上って丘陵地帯の途中にある教会に向かった。なかには入れなかった。

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 教会から下りてくるとき、ゴゾフェリーは埠頭を周り入港しようとしていた。ゴゾフェリーは1時間に1本程度出航しているので、この船に乗れなくても次ぎの船に乗ればよい。

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 イムジャールの町はあまりに小さかった。教会を除けば、フェリーターミナルぐらいしか見るものはなかった。港の近くの小さく廃れたカフェやレストランはことごとく閉まっていた。スーパーマーケットで水のボトルを買った。なんと0.2ユーロの安さ。

 イムジャールで行くところがなく食べるところもないので、フェリーターミナルに向かった。ゴゾフェリーはまだ停泊していた。すぐ出航だよ急いで、と港湾スタッフに急かされた。慌てて乗船した。

 船酔いの危険性はあるが、チェルケウアまでの航行時間は30分である。大丈夫だろうと、ハムチーズサンドを買った。想像以上の大きさだった。

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 ゴゾフェリー イムジャール11:00発 → チェルケウア11:30(頃)着


すばらしかったゴゾ島、(私のなかの)世界の島のベスト5内にランクイン

 ゴゾ島はすばらしかった。もう2、3泊しても楽しめただろう。しかしあえて書いておく。私の旅先の1位はギリシャである。それは絶対的1位であって、どの国にいってもギリシャのポジションは揺るがない。島にたいしても同じである。私の、世界の島のベスト10を並べれば、10位のなかにギリシャの島が10入る。ベスト20を挙げれば、15はギリシャの島が並ぶ。

 ゴゾ島はベスト5に入った。入ってしまったのである。ゆるやかな起伏のある丘陵地帯の遠望はギリシャにはなかった。ギリシャの島のほとんどはもっと切り立っていた。ゴゾ島の遠望の奥にはいつも薄く青い地中海があった。

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ギリシャを思う

 一方、町のなかに身を置けば、退屈であることを感じてしまう。カフェはつまらなかった。

 ギリシャのカフェでは音楽が流れていた。知らない、古いギリシャ音楽を大きめの音量で聴くことはギリシャのカフェの楽しみの1つである。陽気な古いメロディはいつも物哀しかった。そこにはいつもエーゲ海の深い青があった。

 エーゲ海は21世紀の人々が、今なお扱いかねている民主主義という政治システムを生んだ知性の海である。近代文明は多くの分野でギリシャを源としている。世界の大文明の多くが今日の世界に何も残さないまま歴史のなかに消えてしまったことは書いておいていいだろう。経済破綻をきっかけに軽蔑の対象となってしまったこの国に敬意を払い続けているのは100年の一度のオリンピックをギリシャで開催することを確約しているIOCとその文明の後継者を自認するフランスぐらいのものである。世界はもうちょっとギリシャに注目してよい。

 ギリシャのカフェでもっともよく聴くのが♪日曜はだめよ♪である。5軒のカフェに入れば、1回は聴くことになるだろう。

 こんなことを書き始めると、ゴゾ島とマルタではギリシャを抜くことは到底できない、と思い直してしまう。そして少し安心するのだ。


チャルケウアからセント・ジュリアンへ

 イムジャールはゴゾ島の場末感のある港町なのにたいし、チェルケウアはマルタ島の、殺風景なフェリーターミナルのある埠頭である。防波堤を乗り越える高い波しぶきがバスの頭上を襲っていた。

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 バスでセント・ジュリアンまで行くことにする。

 222番バス チェルケウア11:55発 → セント・ジュリアン12:53着


マルコポーロホステルに帰って来た

 3日前に宿泊したマルコポーロホステルにチェックインした。レセプションで対応してくれた若いスタッフは私のことを覚えていた。この人はゴゾ島のヴィクトリアに親戚がいる。3日前にゴゾ島の見どころを教えてくれた人である。

 別のスタッフが前と同じキャビン(←マルコポーロホステルでは部屋のことをそう呼んでいる)の同じベッドにしてくれた。各ベッドにはカーテンが付いており(そういうタイプのドミトリーは増えている)、ちょっとしたカプセルホテル風ではある。


首都ヴァレッタを歩いてみた

 リュックを置いて外に出た。セント・ジュリアン・バスターミナルからバスに乗った。ヴァレッタ行きのバスは13番、16番、225番、N5番があるが、13番は日中ほぼ10分おき、16番は1時間に3本の運行がある。13番か16番に乗ればよいということになる。

 バス13番 セント・ジュリアン13:45発 → ヴァレッタ14:20着

 直線距離で、ヴァレッタまでは遠くないが、バスは湾岸を走った。景色はよいが、時間がかかり過ぎた。ヴァレッタまでの所要時間は約35分。途中にスリーマを通った。遊歩道のあるリゾートであるが、想像したほどリゾートっぽくはなかった。

 ヴァレッタはマルタの首都で、ヴァレッタ・バスターミナルはマルタ(島)のへそである。マルタ島のほとんどのバスがここに集結し散っていく。

 マルタの歴史は古い。フェニキア人の支配を受けた。カルタゴの支配を受けた。アラブ人の侵攻を受けイスラム帝国の支配下にあった。スペインの支配下にも入った。

 その後ヨハネ騎士団の支配下に入りオスマン帝国を撃退した。この辺りからが、今のマルタの歴史につながってくる。ヴァレッタ観光はこういった歴史を見ることでもある。

 バスターミナルからまっすぐ延びるリパブリック通りを歩いた。商店、レストラン、カフェなどが通りの両側に並んでいる。雰囲気はドブロブニクに似ていなくもないが、華やかさでは一段劣る。全体の色は地味に抑えられている。光沢がないといっていいかもしれない。この通りは小さな半島の突端にある国立戦争博物館まで続くヴァレッタのメインストリートである。

 入口にあるシンプルなデザインのシティ・ゲート(城門)を潜って右(南東)に少し行ったところに聖母ヴィクトリア教会があった。ヴァレッタの町とともに造られた、もっとも古い教会である。

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 近くにオーベルジュ・ドゥ・カスティーユがあった。現在は首相官邸になっている。騎士団の宿泊所であった建物である。随分立派な宿泊所だと思ったが、ファザードはバロック様式に改装されたらしい。

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 リパブリック通りにもどり、奥のほうに歩いた。

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 聖ヨハネ大聖堂に入った。守護聖人ヨハネに捧げられた教会である。外観は地味だったが、内部は豪華だった。今まで見てきたマルタの教会はどこもこのパターンだ。ここがヴァレッタ一の見どころだということは入ってすぐにわかった。天井には聖ヨハネの生涯が描かれている。最後はヨハネの斬首で終わっている。内部は、各宗派(騎士の言語別)によって礼拝堂が異なる。それぞれに異なる装飾であるが、豪華なことに変わりはない。床下が墓碑になっているらしいが、閉鎖されていた。

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 内部ではオーディオ・ガイドの説明を聞いていた。聖ヨハネ大聖堂美術館は撮影中止だった。

 聖ヨハネ大聖堂の裏側に国立図書館があった。図書館の北側を通っているオールド・シアター通りとリパブリック通りの交差するところにパレス広場があった。

 パレス広場の前にあるのは騎士団長の宮殿である。入場できる時刻を少し過ぎてしまっていた。

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 ヴァレッタに着いたときには降っていなかった雨が強くなってきた。

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 オールド・シアター通りを東北方向に進むとマニエル劇場があり、さらにその先にカーマライト教会があった。カーマライト教会だけは入館可能時間のはずだったが、入り口には鍵がかかっていた。

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 リパブリック通りにもどり先まで歩いてみた。坂を下った。この辺りは地味な普通の通りである。

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 リパブリック通りの先端にあるのは国立戦争博物館と聖エルモ砦である。

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 吉田拓郎の『サマルカンド・ブルー』の歌詞のなかに、♪遥かにゆらいだセントエルモの灯♪というフレーズがある。聖エルモの火とは、悪天候時などに船のマストの先端が発光する現象をいう。海の見えるヴァレッタに聖エルモ砦があるのはわかるが、内陸のサマルカンドに♪セントエルモの灯♪があることのほうが理解しにくい。作詞者は安井かずみである。

 ビュッフェのようなトルコ系レストランでカレー風味のコロッケ。シティ・ゲートの近くまで移動してバーガーキングのコーヒー。

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 夕暮れのヴァレッタ・バスターミナルからバスに乗った。

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セント・ジュリアンで

 バス13番 ヴァレッタ18:15発 → ROSS18:49着

 セント・ジュリアン・バスターミナルの、1つ手前のROSSバス停で下車した。このバス停のほうがマルコポーロホステルに近いことがわかった。

 すっかり夜になっていた。

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 バーに入ってみた。冷蔵庫から勝手に好きなのを出してきて飲みな、という感じの、気楽なバーである。今までチスクしか飲んでいなかったが、Farons Double Red Strong Aleもローカルビールだという。2ユーロ。

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 コンビニエンスストアでサラダとパンを買ってきてマルコポーロホステルで食べた。
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