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アジアンカフェをよろしく!

旅の夢をみよう いつかその場所を訪れるまでは  /  旅はヒーローになれる! 初めての街にはその舞台が用意されている。
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22日目 2017年1月8日 フェッラーラ モデナ

フェッラーラからモデナへ

 8:30頃、民泊のアパートメント・フェッラーラのPAOLO ELKHANさん宅を出た。10分ほど歩いてフェッラーラ駅に着いた。コーヒーと蜂蜜入りのクロワッサン。駅カフェの朝ご飯は最近の習慣になってしまった。しかし座る場所がない。イタリアのカフェはどこも小さすぎて困る。

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 モデナまでのチケットを買った。カフェは座れなくても、列車は必ず座れる。ローカル線のチケットをあらかじめ購入しておく必要はなかった。モデナまでの直通列車はなく、ボローニャ中央駅での乗り換えである。チケットに列車番号や発車時刻は記載されていない。2本ともRV(レジョナーレ・ヴェローチェ)である。2列車を合わせて料金は7.35ユーロ。

 ホームの点字ブロックは日本と同じである。

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 RV2227 フェッラーラ9:11発 → ボローニャ9:40着

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 ボローニャ中央駅でミラノ行きの列車のプラットホームは1ovestとなっていた。ovestは「西」である。ボローニャ中央駅の1番線には、1番線ホームと1番線ovestホームの2つがある。2つのホームがあるのは1番線から7番線までで、それぞれの番線のovestホームはすべて行き止まりである。

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 2日前のボローニャ中央駅。4番線ホームから発車するリミニ行きの列車を4番線ovestホームで待ってしまった。発車10分ほど前になって列車が入線してくる気配はなく、乗客も集まってこなかった。尋ねたところ、4番線ovestホームではなく4番線ホームからの発車となっていた。このときは焦ったが、なんとか間に合った。

 RV2278 ボローニャ9:52発 → モデナ10:23着

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 モデナ駅舎はあっさりした感じだった。リミニ駅、ラヴェンナ駅、フェッラーラ駅もそうだった。もはやイタリアの駅にヨーロッパ風の駅舎を期待していない。

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 モデナ駅舎を背にしてまっすぐ前に少し歩いた。モンテ・コシカ通りに出たところを西に歩いて、3つ目の細い道を左に折れた。南に歩き2つ目の通りに左に折れてすぐのところにオステッロ・サン・フィリッポ・ネリがあった。学生寮のようである。リュックを預かってもらった。

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モデナを歩いてみた

 外に出てみた。なんとなく歩いていた。

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 なんとなくカフェに入った、というより寒いのでカフェに入った。

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 ドゥカーレ宮殿があった。フェッラーラのエステ家の豪奢な館だったところであるが、内部は陸軍士学校として使われているため入れない。予約をしておけば別だが。

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 ドゥカーレ宮殿から南200mほどのところにドゥオーモがあった。

 直接、ドゥオーモに着いたわけでなかった。この日はほとんど地図を見ることもなく適当に歩いていた。地図を見なくてもまちがいなく歩けそうな感じがしたからである。

 しかし知らないうちにかなり南のほうに行ってしまっていた。北のほうに塔が見えたので行ってみたら、ギルランディーナの塔(鐘楼)だった。塔の東にあったのが市庁舎で、塔と一体のように見えてきたのがドゥオーモである。裏側は建て増しをしたようであるが、ファザードは大胆なデザインになっていた。大きくない正面を大きく見せるためかもしれない。ドゥオーモでは礼拝が行われていた。

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 モデナは寒かった。アイルランドよりかなり寒い。イタリアを寒波が襲っているらしい。リミニもサンマリノもラヴェンナもフェッラーラも0℃から-5、6℃の間で気温が推移していた。1日のなかで暖かくなる時間がなかった。

 LA FORNARINAというケバブの店で昼ご飯。

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 14:00前にオステッロ・サン・フィリッポ・ネリにもどった。リュックを受け取りチェックインした。チェックインは夕方でもいいのだが、実はやることがない。モデナは悪くないが、他の街と変わり映えがしないうえにインパクトに欠けた。

 今日は1部屋に3ベッドである。ホステルでは例外中の例外である。しかも2段ベッドではない。ほとんどの人が2段ベッドでないほうがいいというが、私は2段ベッドの下段がいい。2段ベッドのほうが、閉鎖空間ができやすく、金具などにタオルなどを掛けておくことができる。

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 14:30、オステッロ・サン・フィリッポ・ネリを出た。やることがない1日は困ったものである。エンツォ・フェラーリ生家博物館に行くバスがモデナ駅から出ているが、まったく興味が湧かない。

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 カフェでコーヒーを飲んだ。

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 夜ご飯を食べる場所を探しながら、街を歩いていたが、レストランがない。本格的な薪を燃やすピッツェリアはまったくなかった。アル・ターリセと呼ばれるような出来合いのピザを売る立ち食いの店はいくらでもある。そこではサンドイッチやパンなどは売っている。席は少ない。

 ターヴォラ・カルダ(大衆食堂)、ロスティッリア、カフェテリアの区別はまったくわからない。昼ご飯を食べたLA FORNARINAという店はピッツェリアという名称だった。ミラノのような大都市は別にして、ボローニャのような中規模都市でも、ホテルの併設を別にすれば、レストランを探すのは難しかった。リミニではかろうじて見つけた1軒に入り、昨日のフェッラーラと今日のモデナでは1軒も見つけることができなかった。

 途中で見つけたPATA TWISTER。皮のついたジャガイモをつなげたまま細切りにし、油で揚げ、ケッチャップやマヨネーズをかけて食べる。

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 歩き回ったあげく中国系のターヴォラ・カルダに入った。モレッティビール(BIRRA MORETTI)が置いてあった。かなり前にどこかで飲んだ記憶があるのだが思い出せない。

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イタリアで中国料理店は多くない。今のヨーロッパではトルコ料理店が幅を利かせている。それはストラスブルグ(フランス)で特に顕著だった。
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