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アジアンカフェをよろしく!

旅の夢をみよう いつかその場所を訪れるまでは  /  旅はヒーローになれる! 初めての街にはその舞台が用意されている。
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17日目 2017年1月3日 ルクセンブルグ ストラスブルグ バーゼル チューリヒ

ルクセンブルクを発つ

 ベッドを出るのが遅くなった。7:00から開いた食堂で慌ててパンだけを腹に詰め込んだ。急いでオーベルジュ・ドゥ・ジュネスをチェックアウトし真っ暗な坂を上り、旧市街に入った。昨日歩いた場所だが、グーグルマップで道を確認しないと迷う可能性があった。橋を渡り新市街に出てルクセンブルグ中央駅に着いた。

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 昨日ルクセンブルク駅に着いたときにチケットを購入していた。57.6ユーロ。バーゼルまで1本の列車で行くことはできない。3本の列車を乗り継ぐ予定である。2本の列車を乗り継ぐ場合はTGVに乗る必要が出てくる。そうなるとチケットの料金が高くなる。

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 乗り継ぐ列車はすべてローカルの2等である。昨日、チケット売り場をうろついていたときに携帯用のポケット時刻表を見つけた。そのなかにバージル行きの時刻表があったので、それに基づいてチケットを購入していた。

 チケットには列車番号や発車時刻が表記されていなかった。2等ならどれに乗ってもいいことになるのだが、3本の列車のうち、ルクセンブルグからフランス、フランスからスイスと2つの国境をまたぐ列車が2本あるので料金は高くなっていると思われる。

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 多少の推測が入るのだが、ポケット時刻表は1982、3年頃にSNCF(フランスの国鉄)が始めたもので当時の他のヨーロッパの駅では見ないものだった。パリ・リヨン駅やパリ・ノール駅に行き先別のポケット時刻表が少し置かれていた。駅舎がモダンなパリ・オーステルリッツ駅では行き先ごとに多数揃えられていた。SNCFの地域別の時刻表の一部を買ったことがあったが、全部を揃えていなかったので、パリの各駅にあったポケット時刻表はかなり重宝した。


ルクセンブルクからフランスへ

 ルクセンブルク8:13発 → メス(Metz)9:14着

 この列車には検札がなければ、車内放送もなかった。終点まで乗ればいいので気楽なのだが、停車駅がアナウンスされないので、途中下車の場合は気が抜けないだろう。

 メス駅で下車したホームの反対側にストラスブルグ行きが止まっていた。乗り継ぎ列車の発着番線を探す手間がはぶけたが、20分の待ち合わせ時間では、メッツ駅前に立ってみることにしかできなかった。

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ル・ギッド・ブルー・フランスとストラスブルグ

 メス9:34発 → ストラスブルグ11:11着

 この列車には車内放送があり、車掌が検札を行っていた。一部の席には電源のコンセントがあった。

 雪は降っていないが雪景色は続いていた。ストラスブルグ付近になって景色から雪が消えた。

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 ル・ギッド・ブルー・フランスは辞書のようなガイドブックだった。日本の、往年の「ブルーガイド」はル・ギッド・ブルー・フランスをモデルとしている(だからブルーガイドと名付けられた)。1,000ページをゆうに超える分厚く重いハードカバーのガイドブックを持ってフランスの田舎を周った。今でもル・ギッド・ブルーを最高のガイドブックだと思っている。フランスのどんな小さな村にも必ず解説があった。ほとんどの町には地図が載っていた。日本で同じタイプのガイドブックを見つけようとすると、島ガイド「SHIMADAS(シマダス)」しかない。ル・ギッド・ブルーに比べれば、ミシュランの地域別ガイドブックの中身は粗雑でありすぎた。

 メスに行ったことはなかったが、ストラスブルグにも行ったことがなかった。メスは行きたい街ではなかったが、ストラスブルグに行かなかったことを少し残念に思っていた。みんな、ストラスブルグをよい街だと言っていた。


ストラスブルグ・ソーセージ

 かなりあとになって、“ストラスブルグ”の文字を見つけたのは『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』(村上春樹)のなかである。小説のなかに「ストラスブルグ・ソーセージ」というのが出てきた。

 ブログに書くためには確認しておく必要があった。本棚から取り出しページをめくってみた。

 サンドイッチ、キュウリ、チーズ、ポテト・サラダ、くるみの入ったパン、クッキー、ホットチョコレート、フライド・ポテト、コーヒー、バーボンウイスキー、ウオッカ、ジャック・ダニエル、フォア・ローゼズ、バドワイザー、コカ・コーラ、天然葡萄ジュース、チョコレートアイスクリームなどがずらずらと登場してきた。

  「ソーセージ」を見つける前に「メッセージ」という言葉を見つけた。

 そしてあきらめかけた、最後から40ページ(全編約740ページ)ほどのところで、トマト・ソース、トマト・ピューレとともに「ストラスブルグ・ソーセージ」を見つけた。ここで見つけなければ、もう1回最初からめくることになるじゃないか。やれやれ。


ストラスブルグをほんの少し歩いてみた

 列車は10分ほど遅れてストラスブルグに着いた。50分ほどあった乗り継ぎ時間は40分になっていた。2時間でできることはあるが、40分では何もできない。少し大きな街を歩くには2時間は必要であり、逆に2時間あれば周れる場所が出てくるということである。

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 ツーリストインフォメーションを探したが、5分かけても見つけることはできなかった。それ以上時間を無駄にできなかった。駅舎を背にしてまっすぐ前に歩いてみた。通りにレストランやカフェは多いが、トルコ系のファストフード店がかなり進出しているようだ。街に川があるのは知っていた。7、8分歩き、川に突き当たった。

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 川の周辺に木組みの家々があった。アルザス地方特有の建築である。国境の街には少しドイツの気配がした。

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 街の中心はもう少し奥にあるようだ。ストラスブルグ大聖堂はおそらくそこにあるのだろう。駅構内で少しうろうろしたこともあり、片道15分ではそこまで行けなかった。

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 駅にもどってきた。

 12:55にストラスブルグを発車するTGVがあるのだが、今持っているチケットで乗ることのできるのは15:21発のバーゼル行きになる。その時間までストラスブルグにいようとは思わなかった。

 ストラスブルグ11:51発 → バーゼル13:09着

 ストラスブルグ発の列車はくたびれた列車だった。

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 沿線には雪が積もっていたり積もっていなかったりした。風景は概ねつまらなかった。今日が曇り空であるうえ、列車の窓がきれいではなかった。


フランスからスイスのバーゼルへ

 3本目の列車でバーゼルまで乗ったのは20人くらいで、その手前のサン・ルイ駅で多くの人が下車していった。

 バーゼル駅の駅舎に入って驚いた。フリーパスだと思っていたら、通過した場所は入国審査の場所である。使われていないので問題ないだろうと思って写真を撮ったら、その後ろに警察官がいた。無視して通り過ぎたら何も言われなかった。

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3日分のチケット購入

 今日の目的地はチューリヒである。チケットを購入しなければならない。時刻表で14:00台と15:00台の発車時刻を確認した。自動券売機でチケットを買おうとしたが、すぐ近くに銀行の窓口と思えるような斬新なチケットオフィスがあった。入ってみた。

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 ここで買うことに決めた。整理券を取り、整理券番号が表示されたカウンターに行けばいいのだが、28番待ちだった。待ち始めてすぐに名案を思い付いた。スイスにいる間の列車の全部をこのきれいなオフィスで予約してしまおう。速攻でプランを組み立てた。30分近く待たされたのは好都合だった。

(1)1月3日(今日)バーゼル → チューリヒ [2等/片道] 
(2)1月4日(明日)チューリヒ → ザルガンス →(バス)→ フォドーツ(リヒテンシュタイン){2等/往復} 
(3)1月5日(明後日)チューリヒ → ボローニャ [2等/片道]

(1)について

 このあとのバーゼル、チューリヒ間の列車の、希望の時間を窓口で伝えた。14:00~16:00台、といった具合に。チケットに列車番号や発車時刻の指定はなかった。同じクラスの他の列車にも乗れるということなのだが、どの列車に乗ることができ(これは問題ない)、どの列車に乗ることができないのか(これは問題)には注意が必要である。そのあと駅に掲示されてある時刻表でチェックしたところほとんどの列車に乗っていいことがわかった。つまり同じタイプの列車がこの区間を走っているということである。1等を購入すれば別であるが、通常チケットの範囲内で料金を安くする方法はないということである。

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(2)について

 ファドーツはリヒテンシュタインの首都である。ファドーツに行くためにはザルガルス(スイス)でバスに乗り換えなければならない。鉄道だけで行く場合かなり面倒くさいことになる。スイスは鉄道とバスのチケットをいっしょに買えるというのを知っていた。バーゼルで、チューリヒからの鉄道+バスのチケットを買えるかどうかを試してみたくなった。

 チケットを買うことはできた。チケットには、[チューリヒ]→[ザルガンス]→[ファドーツ・ポスト]という行先表示とともに🚌(=バス)のマークが入った。[ファドーツ・ポスト]は駅名ではない。「ファドーツ中央郵便局」という「バス停の名前」である。日本で例えると、[大宮-(鉄道)-宇都宮-(バス)-作新学院バス停]のチケットを横浜で買うようなものである。往復チケットは1枚にまとめられていた。やるじゃないかスイス。もしかしたら欧州の交通機関の常識であるのかもしれない。

(3)について

 チューリヒからボローニャまでのチケットを買うとき、途中のミラノで乗り換えになると言われた。予想していたことである。9:00前後にチューリヒを出る列車を探してもらった。このチケットには列車番号と発車時刻、到着時刻が印字された。83スイスフラン。チューリヒを9:09発車するのは理想的である。チューリヒ駅でコーヒーを飲む時間ができる。ミラノ駅での乗り換え時間が47分であるのも理想的なのだが、そのあとはイタリア国内の列車になる。イタリア国内の列車にも、列車番号と発車時刻が印字されていた。あきらかに優等列車である。本数の少ない国際列車の、チューリヒ、ミラノ間は仕方がないが、ミラノ、ボローニャ間のチケットをミラノ駅で買えばよかったのだ、ということをチケットオフィスを離れたあとで思った。上記の(1)(2)についてはどういう列車に乗ろうと同じ金額になるはずであるが、(3)については節約の仕方があった。相手の薦めるままにほいほいと買ってしまったことを後悔した。

 この夜、ネットでスイスの鉄道について調べてみた。その料金の高さに驚いたが、そもそも物価が高いのだから、鉄道料金にだけ驚くのはおかしい。上記の3つのルートをチェックしてみた。チケットに記載されたのと同じ金額が出てきたが、その際に、スーパーセイバーチケットというものがあることを知った。乗車できる列車、時間帯の制限を設けて最大半額になるチケットである。2日前のネット購入、乗ることのできる列車の制限などの条件が付いていたので、私の場合は適応されなかった(よかった?)。チケットオフィスでは割引カードなどを持っていないのかと聞かれていた。もちろん持っていなかった。やはりスイスの鉄道は高い。


バーゼルを歩いてみた

 バーゼル駅周辺を歩いてみた。ツーリストインフォメーションで地図をもらったが、見どころは駅から離れたところにあるようだ。そこまで行けなかった。

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チューリヒに着いた

 ようやくチューリヒまで南下してきた。チューリヒの緯度は北緯47度22分である。稚内の緯度が北緯45度30分なので、日本の冬の時間のイメージで日没時刻を感じられるところまできた。

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 チューリヒには1980年に来ている。ヨーロッパの主要駅の多くを知っているが、当時からチューリヒ駅だけは飛びぬけて斬新だった。空港のように感じたのはチューリヒ駅だけである。パリやロンドンのいくつかの駅がクラシカルだったのに対し、チューリヒ駅は圧倒的に群を抜いてモダンだったのである。

 チューリヒ駅の地下は相変わらずモダンだった。しかし駅舎と駅前にはヨーロッパの典型的な風景があった。駅前を占拠していたのは旧型のトラムである。

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 最初、駅があまりに巨大になりすぎていて方向がつかみにくかったが、位置を確かめてしまえば、あとは難しくない。バーフホフ橋を渡り、リマト川に沿っているリマト通りを南に歩いた。途中の細い通りを東に入るとニーダードルフ通りである。ここはチューリヒの旧市街でもあり繁華街でもある。1つ1つの角を確認しながら歩いていった。シティバックパッカーズビーバーを見つけた。1980年8月と同じような場所に宿泊することになった。

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 レセプションは階段を上った3階にあった。雰囲気は悪くないが、部屋は狭かった。1部屋4ベッドはこの旅で初めてである。コンセントは使いにくい位置にあった。レセプションの隣りにあった狭いラウンジを利用するしかない。1泊38.7ユーロはこの旅でもっとも高い。旅が終わったあとでも、そう書くことになるだろう高さである。ここで2泊する。そうしなければならないルートになってしまっている。

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 まだ陽は落ちていない。チューリヒを少し歩いてみた。

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 N68という店でカルボナーラ。鉄道チケットに次いで、ここでもスイスの物価の高さの洗礼を受けてしまった。

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 シティバックパッカーズビーバーにもどり、狭いラウンジで旅日記を書いた。
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Comment

No title
編集
Maxさん、こんばんは。

チューリヒは2回目でした。川の周辺は変わっていないように思いましたが、よく覚えているわけではありません。路面電車の電線はMaxさんが書かれたとおり、今もそのままです。古いタイプの路面電車が動いていました。

今回は欧州域内を右へ左へです。今まで行っていなかったところを組み合わせてみました。
2017年02月12日(Sun) 19:50
編集
お寒うございます
楽しく読ませて頂いております
『チューリッヒ!』
86年の冬に行った記憶があります
新婚旅行先で通過したと思います
路面電車の電線の風景が素敵で、スーパーでスペイン産のオレンジを買って電車で食べました
所で今回は欧州内の移動が頻繁ですね
小説オデッサファイルの追跡みたいです
2017年02月11日(Sat) 09:35












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