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アジアンカフェをよろしく!

旅の夢をみよう いつかその場所を訪れるまでは  /  旅はヒーローになれる! 初めての街にはその舞台が用意されている。
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16日目 2017年1月2日 ブリュッセル ルクセンブルグ

いきなり運行停止! 

 早朝、部屋ごとに備わっているシャワー・トイレ室でシャワーを浴びた。昨夜23:30頃にチェックインしたエスホステルミディを6:40頃にチェックアウトした。地面にはうっすらと雪の跡があった。

 5分ほど歩いてブリュッセル南駅に着いた。昨夜とは異なり、駅ビル内には多くの人が行き来しており店も開いていた。

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 列車の発車ホームを確認した。カプチーノを買ってホームで列車を待っていた。出発の3分前になって、ホームの電光掲示板に表示されていたルクセンブルグ行き列車の案内が消えた。ホームにいた人たちが列車の発車時刻を確認するために、2つあった電光掲示板の近くに集まった。「20分の遅延」という表示が出た。そしてその1分後に、「運行停止」の表示に変わった。あまりにいきなりである。乗客が少ないので運行を停止したのではないかと勘ぐってしまうやり方である。みんなホームから散っていった。

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 駅構内の大きな電光掲示板からも、ルクセンブルグ行きの列車は消えていた。


次の列車でルクセンブルグへ

 駅構内に掲示されている時刻表を確認しに行った。次の列車は8:33発だった。そのあとは9:33発の発車になっていた。それらはナムール経由である。ブリュッセルからルクセンブルグまではナムール経由とリエージュ経由がある。ナムール経由とリエージュ経由の列車本数は2対1ぐらいでナムール経由のほうが多い。ナムール経由の場合、乗り換えの必要はなくおそらく早く着く。

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 次の列車の発車時刻が近づいてきたのでホームに出た。ホームの電光掲示板にはルクセンブルグ行きの表示があった。また変更があるかもしれないと思いながら掲示板に注意を払っていたら、行き先の表示が変わった。それは発車の5分前のことである。ルクセンブルグ行きの掲示が消え、Schaarbeckという行き先表示が現れた。ホームにいた何人かがまた戸惑ったようだったが、ある人が「先にSchaarbeck行きの列車を通したあとに、ルクセンブルグ行きが来る」と周りに伝えた。その通り、先にSchaarbeck行きの列車がホームに入ってきて、そして出ていった、掲示板には再び、ルクセンブルグ行きの表示が復活した。5分遅れになっていた。

 ブリュッセル8:33発 → ルクセンブルグ11:51着 

 チケットはネットで予約をしていた。42.4ユーロ。列車を選んで予約したはずなのに、印刷されたチケットには列車番号や発車時刻の表示はなかった。同系統の列車ならどれに乗ってもよいらしい。ブリュッセルからルクセンブルグに行く列車はすべてIC(インターシティ)である。

 ブリュッセル南駅を出た列車は、ブリュッセル中央駅、ブリュッセル北駅に停車したあと、ブリュッセル市内を出ていった。30分ほど走ると雪景色になった。

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 川の向こうに城砦があるというナミールには遅れて着いたが、時刻表上で停車時間を長めに確保していたらしく、発車は9:44の定刻だった。ナムールは、昨日着いたシャルルロア空港の東40kmほどのところにある。シャルルロア空港からナムールへの移動手段を、22:00過ぎに探すことはできなかった。

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ルクセンブルク到着

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 ルクセンブルク中央駅のトイレを利用した。1.1ユーロだった。トイレが有料なのはよくあることである。だからといって1.1ユーロは高すぎである。アイルランドでの10日間、トイレで料金を払ったことは一度もなかった。トイレ料金の徴収の有無と金額は、その国の公共サービスに対する考え方を現しているかもしれない。

 アイスランドの雪と寒さは仕方がないと思っていた。アイルランドは予想以上に暖かかった。ベルギーの雪は予想していなかったが、ブリュッセルを出たとき、ルクセンブルグは雪なのだろうという気がしていた。

 駅前は新市街だった。面白さがまったくない街の道路を北に歩いた。レストランやカフェはあった。

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 途中で旧市街らしきところに入った。ガイドブックも地図も持っていないので、スマートフォンのグーグルマップだけが頼りである。旧市街に入ってからの道は複雑だった。どうやら見どころの近くを歩いているようなのだが、宿泊先に着くことを最優先した。

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 オーベルジュ・ドゥ・ジュネスに着いたのは12:40。チェックイン時刻は13:00である。リュックを預けるためのロッカーがあったが、20分待つことにした。下段のベッドを確保したいということもある。ドミトリーに深夜にチェックインした場合の多くは上段のベッドしか空いていない。

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 13:00、チェックイン。ユースホステルの会員かと尋ねられた。ここはユースホステル・ルクセンブルグである。オーベルジュ・ドゥ・ジュネスとは「ユースホステル」のフランス語である。グーグルマップにはフランス語の名称表示になっていた。

 1980年のオスロでユースホステルの会員になったことがあった。その場でユースホステルガイド(ヨーロッパのユースホステルの住所録)を買い、西ヨーロッパのユースホステルに泊まる旅を続けた(当時東ヨーロッパにユースホステルは存在しなかった)。それ以降ユースホステルに泊まったことはなかったが、2015年にヌメア(ニューカレドニア)のオーベルジュ・ドゥ・ジュネスに泊まった。

 ルクセンブルクのオーベルジュ・ドゥ・ジュネスの雰囲気にはヌメアのオーベルジュ・ドゥ・ジュネスと似たような雰囲気があった。宿泊者の会話のほとんどはフランス語だった。フランス人はお喋りだと思うが、うるさく感じないのはフランス語の語感に寄るものなのだろう。ルクセンブルグもヌメアのオーベルジュ・ド・ジュネスも、どこか閉鎖的な感じがした。少なくともオーストラリアの底の抜けたパンクなファンキーさは皆無だった。

 1泊24.65ユーロ。ルクセンブルクの他のホテルと比較すれば、これでも格安である。ヌメアでもここルクセンブルグでも、オーベルジュ・ドゥ・ジュネスが空いていなかった場合、安い宿泊先がない状態だった。

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ルクセンブルクを歩いてみた

 下段ベッドを確保したあと、街に出てみた。急な坂を上り橋に出た。オーベルジュ・ド・ジュネスもグルント(低地)にあるわけだが、橋の反対側のグルントにはアルゼット川が流れておりサン・ジャン教会が見えた。この辺りはボックと呼ばれる断崖絶壁があった場所である。ルクセンブルク城があったらしいが、今その跡形はない。城は要塞としての利点を備えていたらしく各国の支配下に置かれるたびに強化されたらしい。断崖の下には地下要塞がありボックの砲台と呼ばれている。

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 旧市街に入った。大公営にすぐに辿り付くことができたが、そこは裏口だった。正面には衛兵が立っていた。しばらくそこにいたが、衛兵交代のシーンを見ることはできなかった。

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 17世紀に建てられ、その後に再建されたノートルダム寺院が大公営の近くにあった。尖塔が空に刺さっていた。入り口が(おそらく)3ヶ所ほどあり、見る角度によってイメージが異なる。

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 ルクセンブルクには広場が多い。味気ない塔の建っているのは憲法広場である。ルクセンブルクの旧市街は渓谷のなかにあるようなもので、周囲はグルント(低地)になっている。憲法広場のすぐ南はグルントになっており、広場はテラスのようだ。眺めはよい。

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 街中に入るとギヨーム広場がある。その南にあるそれほど大きくない建物が市庁舎だった。最初、お洒落なホテルだと思ってしまった。

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 ギヨーム広場の建物でピカソ展をやっていた。ギヨーム広場とその近くのダルム広場辺りにはレストランやカフェがずらっと並んでいた。マクドナルドも進出していた。店先のメニューを見ながら歩いた。ダブリンよりは高そうである。

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 トルコ系のレストランの店頭にいたにいちゃんが声をかけ誘ってきた。このような勧誘は他のルクセンブルクの店ではないことである。焼き鳥(Brochette)はやや注文したものとはイメージが異なっていたが、うまかった。

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 店を出たとき青空が広がっていたが、さっきより寒くなった気がした。2つの広場を行き来した。

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 近くのカフェでカプチーノを飲んだ。

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 カフェを出たあと、もう少し街を歩いてみることにした。何度も同じ場所を行き来することになった。

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 その前を何度も通ることになった古いパブに入ってみた。ビール1杯で2ユーロ。

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 夕方から夜になる頃、気温がさらに下がった気がした。0℃を下回っているかもしれない。

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 中途半端な時間に昼ご飯を食べた。何か買って帰ろうと思い、コンビニエンスストアを探したがどこにもなかった。ルクセンブルク駅のなかにあったことは知っていた。新市街にもあるのだろうが、かなり遠い。旧市街のベーカリーでパンを2つ買ってきた。

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 オーベルジュ・ドゥ・ジュネスにもどった。

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