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アジアンカフェをよろしく!

旅の夢をみよう いつかその場所を訪れるまでは  /  旅はヒーローになれる! 初めての街にはその舞台が用意されている。
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13日目 2016年12月30日 ダブリン

イガリホステルの眠れない夜

 最悪の夜だった。どこかの国の男同士、別の国の女同士が1:00近くまで話を続けていた。小声であるが、本人たちは大きな声でないと思っているから始末に悪い。深夜に小声はうるさい。それに加え別の国の女が、どこかのベッドの男のいびきがうるさい、と大声を出し始め、レセプションに部屋を変えてもらえるように交渉しにいった。2:00頃のことである。交渉は不発に終わったようで、スタッフを連れてくるのかと思ったら、女は1人でもどってきた。大航海時代の難民船の様相を呈してきた。

 すべてが落ち着いたのは2:30頃である。私は深海の眠りに落ちたはずなのだが、朝が遅いはずのホステルの、早朝からあちこちでうるさい声が響いていた。

 このホステルのベッドはそれぞれカーテンにおおわれており、それなりにプライバシーは保たれていたのだが、人数が多い部屋でこの種のトラブルが出てくる。4人部屋ではぜったいにありえない。6人部屋でもまず発生しないが、ここは2段ベッドが8台ある16人部屋だった。

 多民族国家はうるさいのだ。「ドミトリーにおけるトラブルの発生と解決の不可能性」と「大陸における民族の攻防と島国における内的統治の有用性」を比較した論文を書いてみようと思う。ホステルの経営者たちには是非読んでほしい。

 9:00、イガリホステルをチェックアウトした。リュックを預かってもらった。

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ダブリンを歩いてみた

 一昨日歩いたところをなぞるように歩いてみた。オコンネル・ストリートに出て南に歩いた。

 スターバックスコーヒーでカプチーノを1杯。一昨日は2杯飲んだ。

 リフィ川を渡り南のほうに歩いた。途中にIRISH WHISKEY MUSEUMがあった。博物館ではないようだ、バーなのだろう。

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 右手にアイルランド銀行、左手にトリ二ティー・カレッジがある辺りからグラフトン・ストリートに入った。今日も大道芸人がいた。

 グラフトン・ストリートを南に歩いた。突き抜けたところにセント・スティーブンス・グリーンという公園があった。普通の公園なのだが、人と鳥との距離が近い。鳥が人間をまったく怖がっていない。

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 セント・スティーブンス・グリーンの北側の通りから、トリ二ティー・カレッジのなかにあるカレッジ・パークに延びるキルディア・ストリートの東側に国立考古学・歴史博物館があった。紀元前2000年から現在までの“宝”が集められているらしい。美術には関心があるが、博物館にはほとんど関心が持てない。どこに入っても似たような展示で飽きてしまうのだ。30分ほどで出てきた。

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 レンスターハウスにはアイルランド議会の上院と下院がある。

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 突き当りのトリ二ティー・カレッジの南側まで行き、ナソー・ストリートを東に歩いた。2つ3つのカフェを過ぎクレア・ストリートをさらに東に歩いたところにアイルランド国立美術館があった。第一次世界大戦に関する展示をやっていた。

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 日本史における第一次世界大戦の意味は大きくないが、アイルランドでは歴史上もっとも重要な戦争になるのだろう。戦前、イギリス政府はアイルランド自治法によって自治領成立を認めていた。それが凍結になったのは第一次世界大戦が原因である。しかし戦争が終わってもイギリス領であることに変わりはなかった。アイルランドの民族主義者が武装蜂起したのは1919年である。これがアイルランド独立戦争である。1921年に休戦協定が結ばれ、アイルランドは独立した。

 周辺は博物館、美術館が集まっているエリアである。アイルランド国立美術館の南には国立自然史博物館があった。

 前の2つの博物館と雰囲気は異なったのは見学者の層である。子供たちが多い館内の雰囲気は楽し気でなごやかだった。1階はアイルランドの動物が集められていた。カワウソ、トナカイ、リスなどの展示があった。2階は世界各国の動物のはく製があった。

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 クレア・ストリート、ナソー・ストリートを西に歩いてテンプル・バーに入った。中世を通じてダブリンの中心だったらしいが、19世紀以降はスラム化の道を辿ったらしい。再開発は1991年以降である。カフェ、レストランは多く映画館などもあった。

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 市庁舎とダブリン城もこのエリアにあった。

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 ダブリン城に入ってみたが、見学はガイドツアーしか認められていない。待ち時間は2時間近くあり、最後から2番目辺りの16:00頃になるらしい。なかを見ないで出てきた。入場料を高く設定できるガイドツアーはヨーロッパでブームになっている。困ったことである。

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 イスタンブールのブルーモスクは立派である。混んでいても勝手に見て回ることができる。もっとも1980年代のブルーモスクは見学者が10人ほどしかいなくて、館のスタッフに気を使いながら見学したことを覚えている。

 無休であるはずのクライスト・チャーチ大聖堂は入ることができなかった。知らずにやってきた観光客たちはなかにいたスタッフに不満を伝えていたが、みんな道路から鉄柵越しに写真を撮って帰っていった。

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 テンプル・バーはオコンネル・ストリートやグラフトン・ストリートよりおもしろい。それはチャンプルのおもしろさである。かってのスラム化の影を感じることはできる。雰囲気はパンクである。上品な感じはまるでないが、人通りは多く危険な感じもしない。歩くのはおもしろい。

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宿泊先を替える

 オコンネル・ストリートを北に歩いた。メキシコ料理店でナチョス(揚げたトウモロコシをスライスしチーズをかけたもの)を食べた。大した量でなかったが、満腹になった。

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 イガリホステルにもどった。レセプションに預けてあったリュックを受け取った。

 新しい宿泊先に移動するのは、深夜にトラブルがあったこととは関係がない。12月25日に交通機関がストップしベルファストから出られなくなったとき、予定を変更しなければならなくなった。キャンセル料が無料だったこともあり、(ゴールウェイの宿泊先とともにイガリホステルの)3泊分をキャンセルした。そのあと日にちをずらしイガリホステルに再予約を入れたが、2泊分しか予約できなかった(最初に日本で予約したときも最終日までの連続での予約はできなかった)。

 ゴールウェイでバークレイズクエイストリートハウスに宿泊したとき、姉妹ホステルであるダブリンのバークレイズストリートハウスに電話を入れてもらったが、12月30日と31日は満室だった。ブッキングドットコムでのドミトリーはすべて満室になっており、ホテルズドットコムで予約をしたのが唯一残っていたテイベラリーハウスダブリンである。中心部から遠いくせに1泊30ユーロである。


テイペラリーハウスにチェックイン

 イガリホステルから、今日の宿泊先のテイペラリーハウスまでは直線距離で2.5kmある。

 オコンネル通りを南に行ったところにルアス(LUAS)という名称のトラムが、ダブリン市内を東西に走っている。Abbey Street駅で乗車し、4駅目のミュージアム駅で下車した。ルアスはゾーン制で運賃が決められており、両駅ともゾーン1の範囲内である。2ユーロ。

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 ミュージアム駅は殺風景な場所にあった。そこからトラムの線路の敷かれてある道を西に300mほど歩いたところにテイペラリーハウスはあった。期待していなかったテイペラリーハウスは生真面目なホステルだった。礼儀正しいアイルランド人のおじさんが出迎えてくれた。6ベッドの置かれている狭い部屋の、奥にある下段が私のベッドになった。

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 部屋は清潔でWifiはよくつながったが、立地は悪く食事をする場所がなかった。

 300mほど離れたヒューストン駅までは歩いてみた。

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 途中のカフェでカプチーノ。駅の近くにあった2つのパブは満席だった。コンビニエンスストアでパンと菓子を買ってテイペラリーハウスにもどった。

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