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アジアンカフェをよろしく!

旅の夢をみよう いつかその場所を訪れるまでは  /  旅はヒーローになれる! 初めての街にはその舞台が用意されている。
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ワルシャワで。

30日目  2016年2月4日 トルン ワルシャワ

 ほとんどのゲストハウスには朝ご飯が付いている。コーヒー、紅茶、パン、コーンフレーク程度。ほとんどのゲストハスで朝ご飯を食べていない。落ち着かないし中身が貧弱だから。ホテルフリーダムでは朝ご飯を食べた。コーヒーとコーンフレークは他と同じなのだが、ここは落ち着くしキッチンはきれいだ。

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 7:00過ぎにチェックアウト。雨が降っていた。クラクフの3日間、昨日のグダンスク、そして今朝のトルン。ポーランドの朝は雨である。どの街の朝も雲の間に空が見えていた。すぐに止むことが予想できる雨だった。

 ヴィスワ川に架かる長い橋を歩いた。橋の終点付近で交わってきた道路を東に歩きトルン駅に着いた。

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 ワルシャワ行きの列車は8:22の定刻に出発した。インターシティである。コンセントが座席の下に付いており、Wifiが使えた。座席の背もたれのほうが進行方向だったのは残念だった。窓は汚かった。1月6日に旅を始めてから、窓が清掃してある電車やバスに乗ったことがない。車窓の楽しみは半減していた。

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 トルンを出たときの列車の乗車率は20%ぐらいだったが、途中で80%ぐらいになった。

 ワルシャワ中央駅にはほぼ定刻の10:50頃に着いた。

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 予約してあるフェストホステルまで3kmぐらい。歩くと45分。気温は3℃(最高気温3℃、最低気温-1℃)。十分歩ける。

 エミリイ・プレデル通りを800mほど北に歩いた。歩き出してすぐに大粒の雪になった。ふんわりとした雪ではない。硬い雪である。5mmぐらいの大きさのもあった。急に寒くなった。グダンスクもトルンもそうだった。一瞬で気温が下がるときがある。気温は30分で元にもどる。

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 シフィエントクスカスカ通りと交差する辺りまで歩いたが、少しもどってカフェに避難した。こういった天候に慣れているはずのポーランド人はそれでも歩くのだろうと思ったが、一部の人はビルの軒先に入っていた。

 雪は10分ほどで止んだが、せっかく入ったカフェでゆったりしてしまった。

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 カフェを出て、シフィエントクスカスカ通りを東に歩く。この通りの下をメトロ2号線が走っているはずである。

 メトロのRondoONZ駅があった。少し先にシフィエントクスカスカ駅があった。

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 途中(おそらく)開店したばかりのダンキンドーナツには50人ほどの列ができていた。

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 3つ目のStacia Nowy Swiat-Uniwersytet駅の出入り口を見過ごした。ここまではわかりやすかったが、この辺りで道はくねるようになっている。それでもオボシナ通りはすぐにわかった。セベリヌフ通りと交差するところの建物にゲストハウスはあった。

 フェストホステル。2泊で95ズウォティ(1泊47.5ズウォティ)。ベッド数が多い部屋に通された。12人部屋? 勘違いしていたのは私だった。あとで予約内容を確認したら「ダブルベッド6つのなかの1ベッド」と書かれていた。普通なら「12人部屋の1ベッド」と書く。ブッキング・ドットコムの表記にも、うかうかできなくなっている。

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 オーナーはゆかいな人だった。部屋の使い方、旧市街までの行き方、近くのレストランの場所などを説明してくれた。一般に、ポーランド人の英語は早口である。トルンのホテルフリーダムのオーナーもそうだった。

 24時間オープンでないことをフェストホステルはあらかじめ掲載している。同時に11:00~22:00のレセプションが開いていることも表記されている。しかし今日のチェックインは私だけらしい。だからそのことを私に告げた上で、自転車で自宅に帰ってしまった。「じゃあ、俺、もう帰るから。明日8:00に来るから」という感じである。建物の入り口をよく見れば、ホテル名はわかるが、それはこのホテルの存在を知っていて尋ねてきた人がわかるという程度のもので、誰にでもわかる看板を出しているわけではない。つまり飛び込み客を想定していない。仮に飛び込み客があったとしても帰ってもらう(所存である、おそらく)。私はそうなることを半ば予想して予約をした。

 預かった4つの鍵が効くことを確認してから外に出た。一般にゲストハウスは、どの扉をオートロックにし、どこをそうしないかということについて、巧みな鍵の管理をしている。

 オボシナ通りを西に歩くと旧市街に向かう通り(クラコフスキエ・プシェドミエンチェ通り=クラクフ郊外通り)に出る。オーナーの言った通りに展開した。ワルシャワ大学、ヴィジトキ教会、大統領官邸を越えると旧市街に入った。ワルシャワ大学の奥行はわからないが、入り口は広くない。ヴィジトキ教会は深みのある教会だった。大統領官邸の警備員は1人しかいなかった(ように思う)。写真撮影については、どうぞどうぞ勝手に撮ってくださいという感じだった。

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 歩道が広い。両側を合わせて車道の4~5倍の幅がある歩道を他に知らない。

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 旧市街の様子を覚えていたわけではなかったが、ぼんやりとこんな感じだったことを思い出した。思い出したと思っただけかもしれない。でもなんとなく思い出した感じにはなった。

 旧市街の入り口に旧王宮はあった。入ってみた。1980年に入ったとは思うのだが、それも思い出せない。

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 欧州の王宮、あるいは王立○○という場所の見学はわずらわしい。必ず上着を預けなければならない。そのまま入ろうとしても、入れてくれる雰囲気ではないのだ。地下の預かり所に行けと言う。ご丁寧なことに地下の預かり所から見学ルートが組まれていたりする。鞄を持って見学してもいいのだから、上着の預かりに関して防犯という意味は薄いはずである。上着を着たままでは王宮に失礼であると解釈しているのか、逆に上着を預かるということが王宮の礼儀として定着しているのかどうかを知らない。

 最初に入った部屋に玉座があった。少し驚いた。玉座の小ささにではない。普通、玉座は最上階の最後の部屋辺りでありがたく拝謁できるものと相場が決まっている。それが王宮見学というものである。

 ところが次の次の部屋ぐらいにも玉座があり、さらにその次ぐらいにも玉座があった。なるほどそういう異例の展開を用意しているのなら付き合ってやろう。全部の玉座を写真に撮ると決めた。しかし思ったふうには展開せず、玉座は途中で途切れてしまった。

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 王宮のなかに礼拝所があった。

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 クラクフのヴァヴェルの旧王宮でもそうだったように、ポーランド王はタペストリーが好きである。どうやら大きなものを特に好んだようである。縫うのは大変だったと思うので、大きいタペストリーはやはり権力の象徴的な意味もあったのだろう。

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 ポーランド人が速攻で王宮見学を行うのはクラクフと同じだった。彼らは早く回る。

 海外の王宮関連施設の利用の仕方を書いておく。王宮のトイレを利用するのは得策である。街中や商業施設のトイレが汚い場合でも、王宮のトイレはまちがいなくきれいである。

 王宮の西のほうにある旧市街広場に行ってみた。途中で雪が降ってきたが、すぐに止んだ。

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 この広場に面してワルシャワ博物館があるはずである。「旧市街広場に面した8軒の建物とほか3軒の建物から成り立っている博物館」(地球の歩き方)である。そこではワルシャワの歴史をわかりやすく展示しているはずだった。第2次世界大戦の被害に関する展示があり記録映画も上映されているはずだった。

 旧市街広場に軒を連ねた8軒の建物の1階部分はトタンで塞がれていた。建物の周りの通り沿いはトタンでぐるりと囲われていた。しかし旧市街広場の横にワルシャワ博物館の案内があった。今、この博物館が建て替えのためにトタンで囲われていたとしても、なかの展示物はどこかで見ることができるのではないか。全部で10人ぐらいに尋ねたが、そういうことを知っている人はいなかった。

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 仕方がない。フェストホステルにもどることにした。

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 BROWARMIAというビアホールに入った。ポーランド料理であることを確認して注文した料理は雑な感じだった。そのくせ、うまいかなどと聞きにくる。ポーランドでは、感想を求めてくることはわりと多い。それは必ず男性のウェイターである。

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 フェストホステルにもどった。昨日から泊まっていた人たちがもどってきていた。12人部屋の6ベッド分が今日の宿泊者数である。私を除く全員が韓国人だった。

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