FC2ブログ

アジアンカフェをよろしく!

旅の夢をみよう いつかその場所を訪れるまでは  /  旅はヒーローになれる! 初めての街にはその舞台が用意されている。
2018年08月 ≪  123456789101112131415161718192021222324252627282930 ≫ 2018年10月
TOPスポンサー広告 ≫ フリーゲージトレインでポーランドへ!TOPウクライナ ≫ フリーゲージトレインでポーランドへ!

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | Comments(-) | Trackbacks(-)

フリーゲージトレインでポーランドへ!

24日目  2016年1月29日 リヴィウ

 8:30。現在の気温は1℃。今日の最高気温は4℃、最低気温は0℃の予報が出ている。明らかな動揺を見せている日経平均をあざ笑う4日連続の気温上昇とはならないようだ。東欧の気温もまたはかなげだ、クリミアの未来のように。

 しかし晴れている。気持ちがよい。朝ご飯を食べに出た。昨日の朝入った店で、クロワッサンとコーヒー。昨日も賑わっていたが、今日は客が続々と入ってきた。あまり長居はできない雰囲気で、40分ほどで出てきた。自由大通りの周辺をうろうろしたが、結局、Zーoneホステルにもどってきた。

P1290004.jpg

P1290001.jpg

P1290003.jpg

 開業時だからこそわかる欠点がある。部屋がいくつもあるZーoneホステルは欠点の多いホテルだった。全部を書かないが、暖房の質、シャワーの外の排水、ベッドの採光、部屋の汚れを最小限にするための方法など。主にハードウェアの面が多いが、レセプションのスキルアップは宿泊者との応対を重ねれば向上するだろう。レセプションの人材確保は別の問題である。リヴィウの学生の就職が困難な場合、質の高い学生たちを集めることはできる。

 チェックインのとき、若いオーナーと少し話をした。2日間で私の気づいたことに、おそらく彼は気がついていない。この設備をPRしていけば、客は来るようになる。それだけの投資をしたゲストハウスである。しかし開業時だから許される雑さをそのまま引きずって運営を続ければ成功には結びつかないだろう。オーナーからはやる気を感じた。発生する課題を1つ1つ拾って丁寧に処理していけば、あらゆる面で改善していくことはできる。Zーoneホステルはまだ始まったばかりだった。

 私はZーoneホステルを応援したいわけではない。バクー・オールド・シティ・ホステル(アゼルバイジャン)のちょっと気のいい若いオーナーの成功を信じている。

 本当はこのようなことを書くべきではない。私は客だ。まずは、誰もいない8人部屋を2日連続独占できたことを喜ぶべきだ。誰も使っていなかったシャワーとトイレ、真新しいタオルに布団。熱い湯。1泊7.5ユーロ。文句はない。

 12:00にチェックアウト。レセプションでリュックを預かってもらうとき、荷物部屋のなかにトランクとリュックが置いてあった。昨夜私が泊まった3階では音がまったくしなかった。無音のゲストハウスだと思った。4階に部屋があるかどうかは知らないが、2階にはある。他に宿泊客がいたということだ。

P1290047.jpg

 朝ご飯からあまり時間が経っていないが、軽い昼ご飯なら問題ない。昨日、入ったケバブの店に行ってみた。ヴァレ二キを食べようかどうか迷った末、昨日はケバブにした。今日はそれを食べる。

 ウクライナの水餃子である。じゃがいも、肉が入っている。ロシア料理のベリメニと似ている。

P1290018.jpg

 自由大通りに出て、ルィルク広場を歩いた。この辺りに来るしかないのだ、リヴィウでは。特に行きたい場所はない。こういうときに旅の自由さを感じるのだが、内心は困っている。どうしよう。どこかに移動できればいいのだが、行き先が国境では自由にはならない。もう少し時間つぶしが必要である。

P1290005.jpg

P1290006.jpg

P1290017.jpg

P1290019.jpg

P1290009.jpg

P1290012.jpg

P1290013.jpg

P1290010.jpg

P1290011.jpg

P1290022.jpg

P1290023.jpg

P1290027.jpg

P1290031.jpg

P1290032.jpg

P1290034.jpg

 夕方になんとなく入ったレストラン。1階は受付けだけ。テーブル席は2階にあった。木の階段を上がった。シザースサラダ、じゃがいもに肉を加えた料理。ベルギービールのレフ。ウクライナで肉といえば、豚肉が出てくる。サラダにはパプリカが入る。

P1290046.jpg

P1290040.jpg

P1290041.jpg

 リヴィウは小さかった。どこに行こうとしても、旧市街のどこかにもどってくるしかない。それはリヴィウ全体が、旧市街の観光経済を中心にしていることの証かもしれない。トラムが街のなかを走る雰囲気はザグレブ(クロアチア)に似ていた。もっともザグレブが完成品であるのにたいし、旧市街の周辺も含めたリヴィウはあちこちをボコボコに殴られたザグレブだった。リヴィウ駅周辺には退廃感が漂っていた。トラムのほとんどはいつ廃車になってもおかしくないものだ。それでもコルカタよりはましではある。

P1290036.jpg

P1290037.jpg

 旧市街には欧州の香りがあり、パリが遠く離れた街でないことを感じさせたが、それは狭い範囲に止まっていた。

 やることがなかった。もう少しあとでもよかったが、時間つぶしのつもりでZーoneホステルに行ってみた。20:00前に着いてリュックを受け取った。

 ますますやることがなくなった。

 リヴィウ駅まで歩くと40分ほどだが、9番トラムで移動した。トラムは大きな教会の下を通り、駅前に入っていった。

 リヴィウ駅周辺はごちゃごちゃしていた。昨日の朝か夜に見に来ようと思わなかったわけではないが、面倒くさくなった。どうせ今日の夜に時間をつぶすのだ。

 リヴィウ駅の列車の発着本数はそれほど多いわけではないが、駅のなかはごった返していた。椅子を確保できなかった。駅舎が小さいからだ。近くのカフェで時間をつぶした。

P1290049.jpg

P1290054.jpg

 クラクフ行きは23:59の発車である。2日前(1月27日)に書いたように、クラクフ行きはフリーゲージトレインである(おそらく)。しかしチケットを買ったあと、後悔し始めていた。

*フリーゲージトレインは軌間可変電車と訳されるが、欧州の場合は客車にのみ対応している。

 クラクフ着は5:56である。座席車があるのかどうか知らないが、国境通過の際に起こされるのだからこの短い乗車時間で2等寝台の必要はなかったとか、国境駅までの鉄道チケットを買っておいて、乗り継ぎ列車で行く方法があったとか。フリーゲージトレインの利便性は高いけれど、乗っている分にはまったくつまらなかったことを思い出した。距離の短い夜行列車をフリーゲージトレインで速達化しても意味はない。乗っている側からすれば、夜中ではどこを通っているのかわからない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 1980年、軌道幅の異なるフランスとスペインの地中海側のポルト・ボー国境をフリーゲージトレインのカタラン・タルゴで越えた(この頃、すでにフリーゲージトレインが出現していたのは驚異である)。このときはアヴィ二ョンからバルセロナまで旅をした。1982年にはペルピニャンからフィーゲラスまで、普通列車を乗り替えてこの区間を通った。このときはフリーゲージトレインではない。乗り替え時間があったポルト・ボー駅の海に続く急な坂を下りてみた。地中海を望む絶景だった。世界で一番美しい国境かもしれない。

 1980年と1983年に3回、フランスとスペインの北側のイルン国境を列車の乗り替えで通過した。フランスの列車はイルン駅で止まり、スペインの列車もイルン駅で止まった。フランス・スペインを直通する人は駅構内の陸橋を渡った、もちろん徒歩である。リスボンから乗ったパリ行きは「リスボン特急」と呼ばれていたくせに直通ではなかった。しっかり乗り替えさせられた。今、この区間はフリーゲージトレインが走っているはずである。

 ワルシャワからモスクワまでの列車に乗ったときのポーランド・旧ソビエト連邦国境(現、ポーランド・ベラルーシ国境)、モンゴルと中国のフフホト国境でも列車は直通できない。これらの国境では、列車が工場のなかに入れられたあと、1両ごとに分割される。人が乗ったまま車両は持ち上げられ、台車の交換が行われる。最後に列車は連結される。機関車はもちろん交換される。

 下の3枚は2009年8月16日のフフホト国境。モンゴル側で使っていた台車をはずし、中国の軌道幅の台車に交換するところ。吊り上げられた列車には人が乗っている。

CIMG2357_20160130155921a68.jpg

CIMG2362.jpg

CIMG2364_201601301559250a1.jpg

 フリーゲージトレインは中国とカザフスタンの間でも走っている。日本では、長崎新幹線や北陸新幹線で採用の候補になっているが、実用化に向けて研究中というのが現状である。新幹線のフル規格がほしい長崎は猛反対のはずである。

 現在、ウクライナの鉄道は改軌をしようとしている。長い目で見れば、そのほうがよいだろう。京成電鉄は、馬車軌間の1,372mmを改軌し都営浅草線に乗り入れ、京浜急行(標準軌1,435mm=新幹線と同じ)と線路をつなげた。この大英断がなければ、今日の羽田国際空港・成田国際空港を結ぶ直通電車は生まれなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 クラクフ行きの列車は最新のものであってほしかった。バックパッカーを蹴散らす1,111グリヴナ(5,240円)の料金である。

 巨大な2両連結の機関車の後ろに2両連の客車が連結されていた。たった2両である。客車はフリーゲージトレインという最新設備を兼ね備えているとは思えなかった。

 4人のコンパートメントではなく、3人のコンパートメントだった。コンパートメント内の両側にベッドがあるのではなく、片側に3段式のベッドがあった。この2等寝台は異常に高い料金なので、バックパッカーだけではなく一般客をも寄せ付けていなかった。私の乗った車両に乗車している人はおそらく15人ぐらいで、その結果、3人コンパートメントを独占できた。コンパートメント内には備え付けの洋服棚があり、開閉式の水回りまで備え付けられていた。コンセントを使用できた。車両は古色蒼然としており優雅な旅にはなりそうになかったが、クラクフ行き列車は23:59の定刻に、ガタンガタンとレールのポイント切り替えを行いながら、駅を出て行った。欧州の列車は駅を出るとき、駅に入るときは本当にゆっくりと走るのだ。

P1290061.jpg

P1290063.jpg

P1290062.jpg

P1290065_20160130154828527.jpg

P1290064.jpg

P1290066_2016013015494967d.jpg


*この日、パソコンのSDカードスロットが壊れた。SDカードは壊れていない。パソコン側のUSBにカメラのケーブルでつないで、写真をパソコンに転送できているので問題はない。何が起こるかわからない。カメラからはWifiでスマートフォンにデータを送ることができるが、パソコンへのWifi転送はできないようである。この機能に意味があるのだろうか。
スポンサーサイト

Comment













非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。