FC2ブログ

アジアンカフェをよろしく!

旅の夢をみよう いつかその場所を訪れるまでは  /  旅はヒーローになれる! 初めての街にはその舞台が用意されている。
2018年10月 ≪  123456789101112131415161718192021222324252627282930 ≫ 2018年12月
TOPスポンサー広告 ≫ 開店ゲストハウスに宿泊。気温上昇、3℃の古都リヴィウ。TOPウクライナ ≫ 開店ゲストハウスに宿泊。気温上昇、3℃の古都リヴィウ。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | Comments(-) | Trackbacks(-)

開店ゲストハウスに宿泊。気温上昇、3℃の古都リヴィウ。

22日目  2016年1月27日  リヴィウ

 国境を抜けたバスが停まったのはチェルノフツィのコンビニだった。トイレ休憩である。

 4:40、イベノフランコフスク駅前に停車。

 バスは順調に走っていた。このまま走ると、6:30にはリヴィウに着くかもしれない。2時間半ぐらいを試合終了の目安に観戦しにきた親子には1時間50分で帰ってもらうことになるかもしれない。投手は完封目前である。バスはそんな勢いでウクライナの平原を疾走していた(真っ暗なので平原かどうかはわからないのだけれど)。
 
 6:50、止まったところはストルイだった。おかしい。イベノフランコフスクから北ではなく、西方向に走ったことになる。もしかしたら周辺の町に寄りながら、リヴィウをめざすのか。バスの前面には停まる街の名前が書いてあるが、読めない。場所もわからない。

 7:30、山のなかの村(おそらくドロホフィチ)に立ち寄った。こういうルートをまったく予想していなかった。どうりで時間がかかるわけである。例えば、名古屋を出た東京行きのバスは東海道を走ると誰もが考える。ところがバスは小田原から八王子に寄り、川越経由で東京に向かった。そんなルートを走っているのだ。小田原まで完封目前で投げてきた投手は8回に乱打され、中継ぎ投手が繰り出されたといったところである。あと30分で風呂に入れると思っていた監督とコーチの胸はかき乱されていた。

 ドライバーに尋ねてみた。リヴィウ着は9:30である。確信的にそう言った。ここからはどこにも寄らないでリヴィウをめざすようだ。

P1270011.jpg

 8:00前に夜が明けてきた。いくつかの町と村でいくつかの教会を見た。キエフで見たような色の教会ではなかった。

P1270012.jpg

P1270013.jpg

 9:30、バスはリヴィウ駅前に着いた。終了間際におもしろい試合になった。親子はとても満足して帰っていった。

 ラッキーだった。リヴィウのバスターミナルは街の中心の南8kmのところにある。街の中心から6kmある空港より遠い。そこに着くものだと思っていた。

 この3日間、バスについては満足していた。オデッサでは、中央バスターミナルではなく駅の近くにある近郊バスターミナルでキシニョウ行きのチケットを買えた。キシニョウでは、北バスターミナルから発車するリヴィウ行きのチケットを中央バスターミナルで買うことができた。今朝のリヴィウ駅前着といい、余計なことを強いられないで最小範囲で行動できている。

 リヴィウには冷たい風が吹いていたが、暖かいことははっきりわかった。昨日のキシニョウの0℃を更新した。新記録の3℃、すばらしい暖かさである。

P1270016.jpg

 リヴィウ駅に入ってみた。古めかしい駅であるが、ごちゃごちゃしていない。構内の真ん中に乗客の待ち合いスペースと切符売り場があり、他の機能は両サイドに分けられていた。シンプルな構造になっている。

P1270014.jpg

P1270015.jpg

 チケット窓口でリヴィウからクラクフ行きの列車について尋ねてみた。1日1本運行されていた。料金は衝撃の1,111グリヴブナ。私は明らかに驚いた表情をしたと思う。ほしいのは2等寝台のチケットであることを伝えた上で料金を確認したはずなのだが、もう一度2等寝台であるかということを聞き直してしまった。

 リヴィウ・クラクフ間より距離の長いキエフ・オデッサ間の料金(255グリヴナ)の4倍以上の料金である。バスに切り替えようと思ったが、よく考えることにした。1,111グリヴナは日本円で5,240円である。ウクライナの列車の料金としては圧倒的に高いが、距離は長くないものの運賃込みの寝台列車の料金として日本では高くない。もちろん払える。国際列車であることを考えれば、少し高くなって当然である。

 なぜこの区間の料金がこれほど高いのか。ポーランドの鉄道の軌道幅は1,435mmの標準軌である(日本の新幹線と同じ)。ウクライナの鉄道の軌道は広軌1,524mmである。現在2つの異なる幅の線路を直通するフリーゲージトレインが走っている。チケット窓口では、直通列車は1日1本しかないと言っていた。料金が異常に高いのはフリーゲージトレインのコストを料金に乗せたからだろう。あくまで推測であるが、外してはいないと思う。

 この区間のバスの便は悪い。乗り継ぎはよくない。バスで行けば、おそらく1日かかることになる。しかし国境を歩いて越えるのは、バスルートの大きな魅力である。

 迷いに迷ったが、久しぶりにフリーゲージトレインに乗ってみることにした。カードを使えなかったので、ATMでグリヴナを引き出し鉄道チケットを買った。
 
 駅前からトラムが動いていた。9番トラムに乗った。2グリヴナ。トラムの運転士の斜め後ろの小窓に5グリヴナを入れて、お釣りをもらった。車内の刻印機でチケットに確認印を入れた。

P1270018.jpg

 乗り心地はよくないし、満員だった。予約をしてあるZーoneホステルは旧市街から遠くはないが、駅から3kmほどのところにある。スマートフォンでトラムの位置の確認をしていた。近いと思われる電停辺りで降りた。とりあえずリュックを置かせてもらおうと思っていたが、トラムの電停から少し歩けば、カフェやレストランがありそうだった。先に昼ご飯にした。

 入ったカフェに、本格的な食事のメニューはなかった。パンケーキ・サンドウィッチ。3枚のパンケーキの間に野菜や果物やベーコンを挟み、チーズをかけたもの。うまかった。

P1270020.jpg

P1270021.jpg

 14:00前にZーoneホステルにチェックインした。ホテル選びは成功だった。2日前、いかにも新しそうなホテルがブッキング・ドットコムに掲載されていた。口コミ数は0だった。口コミを頼っている場合、ここは外すだろう。人が泊まったことがないので、口コミが0だと判断した。

 開業直後のゲストハウスだった。2泊で15ユーロ(1泊7.5ユーロ)。部屋は使われたことがなかった。タオルは新しい。この日の宿泊者は私1人だった。

 誰もいない、誰も汚していない、荷物が1つも置かれていない真新しい8人部屋のベッドの真新しい布団で休憩した。

P1270023.jpg

P1270024.jpg

 15:00頃、街に出てみた。

 Zーoneホステルの前から2度道を曲がり、P.ドロシェンカ通りを東に歩いた。さっき乗った9番トラムの路線である。10分ほど歩くと細長い広場に出た。ルィノク広場だ。ここが街の中心のようだ。

P1270022.jpg

 ルィノク広場の西側の長い一辺を南北に自由大通りが走っていた。北に向けて歩いた。グランド・ホテルがあり、民俗学・美術工芸品博物館があった。マクドナルドがあり、劇場カノッサがあった。北に鎮座していたのはオペラ・バレエ劇場である。

P1270025.jpg

P1270026.jpg

P1270027.jpg

P1270028.jpg

P1270030.jpg

P1270031.jpg

P1270032.jpg

 今度は公園の東側の通りを南に歩いた。リヴィウ民族博物館があった。公園のなかにはシェフチェンコ像があった。ウクライナの詩人タラス・シェフチェンコである。キエフのシェフチェンコ通りには国立シェフチェンコ記念博物館があった。

P1270033.jpg

P1270034.jpg

 この広場のトラムの路線上に、ときどき筒状の鉄の塊が地上から上がってくる場所がある。トラムや車を止めるためのものである。

P1270037.jpg

 P.ドロシェンカ通りを走っているトラムは広場でベリンディ通りに入る。通りの南にある大聖堂は入れなかった。ホウイム家の楼の外壁にはツアー客が集まっていた。

P1270038.jpg

 ベリンディ通りを東に歩くと、ルスカ通りに名称が変わった。突き当たったところの通りにもトラムが走っていた。高台のようになっている奥に古びた教会があったが、聖ドミニコ聖堂ではなかった。

P1270039.jpg

P1270040.jpg

P1270041.jpg

P1270043.jpg

P1270044.jpg

 ルスカ通りにもどり、最初の通りを右に折れたところに巨大な聖ドミニコ聖堂があった。正面に広場が狭いので、聖ドミニコ聖堂は威圧的に見える。なかは標準的なウクライナ・カトリックの感じがした。教会のなかのどこかからか地下に入ることができるらしいが、ツアーで運営されているらしい。次は17:00まで待たなければならない。

P1270045.jpg

P1270046.jpg

 聖ドミニコ聖堂から市庁舎のところまで西に歩くと、ルスカ通りとの角に薬局博物館があった。現在も営業している薬局のなかの博物館である。アンティークな製薬機械などが展示されているようだが、1735年の創業である。入るかどうか迷ったが、今日は外から見るだけにしておく。この時代に何を根拠に製薬を行っていたのか興味深いが、その薬を飲むのは怖い気がする。本草綱目のほうが、つまり漢方薬のほうが信用できそうである。

P1270048.jpg

 市庁舎の近くまでもどってきた。ルィノク広場にもどったということである。

P1270049.jpg

 市庁舎の近くのレストランに入った。ウクライナ料理という言葉につられて注文した。じゃがいも、チキン、ソーセージ、マシュルームなどが入ったリゾット風xxxx。

P1270051.jpg

P1270053.jpg

 じゃがいもを食べない日はない。じゃがいもを食べに行く旅であると自覚していた。情報の発信元はIさんである。初日はひたすら移動で、実質2日目から始まった旅の3日目の終了時点でじゃがいもはまだその姿を見せていなかった。思ったほどじゃがいもじゃがいもしていないじゃないかとその日の夜ご飯のあとに思った。それはまちがっていた。その後、じゃがいもは徐々に注文する料理の一角に食い込んできた。そして注文する料理からそれを外すことはできなくなってきていた。
スポンサーサイト

Comment













非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。