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アジアンカフェをよろしく!

旅の夢をみよう いつかその場所を訪れるまでは  /  旅はヒーローになれる! 初めての街にはその舞台が用意されている。
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最高気温が0℃になったキシニョウを去る。

21日目  2016年1月26日  キシニョウ

 フローズンなグロリアウス・シャーク・ホステルのチェックアウト時刻は11:30である。14:00まで2階のファミリールームを使わせてもらったあと、チェックアウトした。

 外に出て驚いた。暖かい。スマートフォンで気温を確認してみた。最高気温0℃、最低気温-6℃。今の時間帯が今日の最高気温のようである。旅を始めてから今までの最高気温は-3℃だった。待望の数値が出た。

 向こう1週間のキシニョウの最高気温は0℃から-3℃ぐらいだった。今日から少し暖かい日が続くわけだ。キシニョウの冬はやはり暖かかった。これくらいならフードやマフラーがなくても街を歩ける。ただ、昨夜降り積もった雪が融けていて、道路は歩きにくかった。

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 グロリアウス・シャーク・ホステルの隣にあるフランス大使館の前を北に歩いた。交差する通りを7つほどやり過ごしシュテファン・チェル・マレ大通りに出た。この通りがキシニョウの繁華街である。昨日もこの通りを歩いた。

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 どこかでお昼にしようと歩いていたが、この目抜き通りにカフェはなかった。国立美術館の周辺にお洒落なカフェがあることを2日前に見つけていたが、そこまで行くと、北バスターミナルが遠くなる。

 ようやく見つけた小さなファストフードの店でハンバーガーを注文した。コーラを飲みたくはなかったが、ほとんど同じ価格で付いてきた。コーヒーに変えてもらうことはできなかった。

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 2軒目でおいしいコーヒーを飲もう。昨日おいしい夜ご飯を食べたところに入った。カプチーノ&カプチーノ。

 4日目の今日、モルドヴァを去る。モルドヴァはアルバニアに似ていた。伝統的な建物はほとんどなかった。戦後に建てられた建物は無造作に大量生産されたようではなかった。建築時にモダンを試みたあとが見て取れた。それは、無味乾燥といってもいい建物に今でも人の目を向ける要素になっている。

 人は素朴だった。つかみどころがないような気もしたが、少なくとも気取ったり不必要にプライドが高いといったような感じではなかった。ただ彼らの佇まいには経済状況の悪化が影を落としているようにも思った。

 17:00過ぎにカフェを出た。

 3日前(1月26日)、オデッサから北バスターミナルに着いたとき、市内に向かうミニバスを見ていた。そのバスの番号を覚えていなかった。30分ほどの距離なので歩くことにした。

 イスマイル通りに出た。来たときの記憶を辿り、迷わず北バスターミナルに着くことができた。

 バスのなかで食べる菓子を買って、リヴィウ行きのバスが発車するプラットホームに出た。リヴィウ行きは古いミニバスのはずだった。プレハブ小屋のようなチケット売り場があるだけの、キシニョウの北バスターミナルには似つかわしくない真新しいバスが止まっていた。バスにWifi表示があった。トイレもあった。やるじゃないか。時代は確実に流れていた。長い間の辛抱が身を結ぶことがあると教えてくれたのは80年をかけて全線開通させた三陸鉄道沿線の住人だけではなかった。

 しかし諸行無常である。車内でWifiは使えず、トイレは開かなかった。

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 18:35に出発したバスは、19:35にキシニョウの北50kmのオルゲイでトイレ休憩を取った。21:00、キシニョウの北130kmのバルティでトイレ休憩。きっと車内のトイレが開かないことをすまないと思っているのだろう。

 23:30、モルドヴァ・ウクライナ国境に着いた。係官が乗り込んできて、パスポートを回収していった。

 20分後ぐらいに全員のパスポートがもどされた、私を除いては。

 バスのなかで私への注目が集まった。バスを降りて国境事務所に行こうとした。止めておけ、車内で待っていたほうがいいとドライバーと一番前に坐っていた人が私を止めた。

 こういうことになりそうな予感はあった。バスの、私の席から2mほどの距離にある国境のプレハブ小屋が見えていた。窓口はガラスだった。パソコンを操作しているとか、今スタンプを押したところとかというのはバスの窓から見えた。赤に近い色のパスポートが1つあったが、赤いパスポートは1つだった。窓口で赤いパスポートを横に置いたのをたまたま私は見た。それは他の人のパスポートが束になって置かれていたのとは別の場所である。そのすぐあと係官はプレハブ小屋から出て、別の事務所から大きなファイルを持ち出してプレハブ小屋にもどった。そのファイルをめくり、赤いパスポートのなかの何かを照合していた。推測であるが、国境には、世界各国のスタンプ表のようなものがあるのではないだろうか。国名が記されるビザは判別できる。しかしスタンプはわからない。そういうことを調べていたのではないかと思うのだが、推測の域を出ていない。

 バスのなかから私が見詰めているとも知らずに、係官は熱心に仕事をしていた。最終的に、彼は赤いパスポートにスタンプを押した。そのあとプレハブ小屋から外に出てバスのなかに入ってきた。

 私はパスポートを受け取った。それだけである。呼び出されてはいなかった。

 スタンプは2つあった。モルドヴァのものと、ウクライナのもの。どちらかで引っかかったのか、あるいは両方で引っかかったのかはわからない。スタンプの日付けは翌日のものになっていた、つまり2016年1月27日である。

 何事もなかったかのようにバスは国境を出て行った。国境にトンネルはなかったが、こちら側も向こう側も雪国だった。
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