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アジアンカフェをよろしく!

旅の夢をみよう いつかその場所を訪れるまでは  /  旅はヒーローになれる! 初めての街にはその舞台が用意されている。
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裏切りの首都で。トロリーバス、鉄道駅、バスターミナル、大聖堂、政治集会、美術館、モルドヴァ料理。

19日目  2016年1月24日 キシニョウ

 オデッサ(ウクライナ)はこの旅の最も南に位置する。しかし寒かった。もうちょっと温かいことを期待していた。そして、冬は比較的温暖である、と「地球の歩き方」に書かれていたキシニョウ。気温の折れ線グラフには、1月の平均最高気温は0℃という神様仏様のような数値があった。本当に期待をしていた。キシニョウの今日の最高気温は-6℃、最低気温は-14℃である。

 オデッサとキシニョウ(モルドヴァ)には裏切られた。もしかしたら欧州全域に大寒波が到来しているのではないかと思い調べてみた。今日のロンドンは14℃、パリは11℃だった。欧州は温暖ではないか。二重に裏切られた気がした。

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 寒いなかを今日も歩かなくてはならない。それが旅というものさ。21世紀になったからって何かが変わるわけじゃない。マフラー巻いてフード被って手袋付けて、下を向いて歩くのさ、ざくざく雪道踏みしめて。まあキシニョウの雪は少ないので歩きやすいのだけれど。

 凍るようなゲストハウスである。フローズン・ゲストハウスと命名してやった、グロリアウス・シャーク・ホステルの目の前の通りをトロリーバスが走っている。5分間に2本くらいトロリーバスがのろのろやってくる。電停を見つけたが、そこで待っている人に尋ねても、キシニョウ駅に向かうトロリーバスがあるのかないのか、あるとしたらどっちの方向なのか、何番のトロリーバスがキシニョウ駅に行くのかまったくわからない。

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 次々とやってくるトロリーバスに乗り込み、ドライバーに尋ねてみた。車掌(全員女性のようだ)が乗っており話を聞いてくれるのだが、理解してもらえない。とりあえず乗って、と4台目の車掌が言ってくれた。スマートフォンでキシニョウ駅をマークし説明するのだが伝わっていない。しかし位置情報は機能しており、どうやらそのトロリーバスは駅方向には行かないらしいことがわかった。むしろ駅から遠ざかっている。乗客のなかに英語ができる人がようやく現れた。つまりこの程度に英語は通じにくいということだ。

 4つ先の電停まで乗ったほうがいい。そこで120番のミニバス(旧ソビエト連邦ではマルシュルートカと呼ばれている)がキシニョウ駅まで行くと教えてくれた。トロリーバスがどんどん駅から離れていったが、4つ目の電停で降りた。車掌は私が買った2レウのチケットの裏に、ミニバスに乗ったらドライバーに渡すようモルドヴァ語で何か書いてくれた。たぶんキシニョウ駅で降ろしてくださいといったようなこと。英語でアドバイスをくれた人もいっしょに降りてくれた。それだけでなく10分ほどの間、120番のミニバスを待ってくれた。みんな素朴でやさしかった、ここでみなさんに感謝をしておきたい。

 ミニバス120番は15分ほど走り、キシニョウ駅に着いた。ミニバスの運賃は3レウ。

 キシニョウ駅は小さな地味な駅だった。駅舎内に人はほとんどいなかった。理由は列車本数の少なさだ。掲示板に乗っていた列車がすべての発着列車だとすると、キシニョウ駅の発着本数は1日20本以下である。

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 モスクワ行きの列車はあった。リヴィウ行きの列車があるのかどうかを尋ねてみた。ノーという回答。キシニョウ発オデッサ行き、オデッサ乗り継ぎのリヴィウ行きのチケットを買えるかどうかについてもノー。オデッサで買って、ということ。つまり欧州の鉄道網とモルドヴァの鉄道のコンピュータは接続していないということなのだろう。

 キシニョウ駅前には大勢の人がいた。あまり積もっていない雪の上に商品を置いて売っていた。フリーマーケットである。今日が日曜日であることと関係あるのかもしれない。なにも雪の上にシートを敷いて売らなくてもいいのに、と思うのだが、モルドヴァは欧州の最貧国である。それはこの街に着いてからずっと感じていた。キエフほど荒れていないが、素朴に貧しい。そんな感じが昨日からしていた。

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 リヴィウまでバスで行くしかない。キシニョウのメインは北バスターミナルらしいのだが、昨日、降りた場所まで歩きたくない。先に中央バスターミナルに行ってみる。

 駅前のガガーリン通りから西に進むと古びたホテルコスモスが見えた。北側のカンテミル通りを西に進むと昨日北バスターミナルから歩いてきたイスマイル通りに出た。イスマイル通りを南に歩き、コルムナ通りを西に進むと中央バスターミナルあった。北バスターミナルより新しい。

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 イスタンブール行きやブカレスト行きがあった。リヴィウ行きがあるのかをチケット販売の窓口でおそるおそる確かめてみた。ある、ただし北バスターミナルから、しかしここで買える。「ある」という答えで喜んで、「北バスターミナル発車だ」という答えで失望し、「中央バスターミナルで購入できる」という答えでまた喜んだ。素晴らしい。コンピュータでつながっているのだ。北バスターミナルから出発するバスを中央バスターミナルで買うことができるなんて、やるじゃないか、モルドヴァ・キシニョウのバスターミナル! 他の国でできていることではない。

 購入したチケットの行き先表示を見て心配になった。表示されている行き先が本当にリヴィウなのかどうかわからなかったので、もう一度、窓口に確認しに行った。リヴィウという街の名前は何種類も書き方がある。ウクライナ語の表記を見せて、確認してもらった。これで北バスターミナルまで歩かなくてよくなった。

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 中央バスターミナル周辺は賑わっていた。南には市場があった。日曜日だから多くの人を集まっていたということはある。

 市場はいくつかの建物に分かれていた。どの市場も活気があった、どころではない。ごった返していた。ごちゃごちゃしておもしろかった。1つ1つの店はこじんまりしたものだったが、そういう店が集まっている場所ほど迷路性は高かった。

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 この3年くらい、SONYのVAIOpro11(現在VAIO株式会社)を旅先に持ってきている。パソコン本体にしかないVAIOのロゴが、ソニーのUSBメモリの包装に印刷されていた。VAIOのロゴの字体も偽物である。別にモルドヴァ産のニセ商品というわけではないのだろうけれど。

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 コルムナ通りを西に歩いた。いたるところで露店が出ている。豪勢なものは売られていない。市場とは異なり、工業製品はない。どこかで採れた果物や野菜を売っていた。

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 コルムナ通りがプーシキン通りと交わったところの南西側に公園があった。そのなかにキシニョウ大聖堂があった。内部はウクライナで見てきた教会とあまり変わらない。つまり悪くない。ウクライナのいくつかの教会もこのキシニョウ大聖堂も天井の色使いがすばらしい。

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 問題は外観である。なんとつまらない。小さな大統領府かと思ったくらいである。

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 隣にあるのは何かの記念塔か。大聖堂の隣にあるのだから、鐘楼ということになる。川越(埼玉県)の「時の鐘」のほうがはるかにいいぞ。

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 大聖堂の場所は公園のど真ん中である。別に公園のど真ん中に大聖堂があっておかしいわけではないけれど、珍しいことは確かである。フィリピンには公園と一体化している教会があった。そちらのほうには違和感を覚えなかったのに。

 その南にある勝利の門の周辺では集会が行われていた。政治集会である。何を言っているのかまったくわからない。アテネの政治集会を30分聞いていたことがある。わかった唯一の単語に感動した「デモクラシー」。

 勝利の門での集会は、最初、数百人ぐらいの集まりかと思ったのだが、規模はずっと大きかった。その数は1万人を越えるかもしれない。全員が勝利の門の近くにいたわけではなく、かなり散っていた。勝利の門の南のほうには警察官が列を組みその様子を見ていた。周辺に配備されている者を含めるとおそらく500人以上が動員されていた。

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 勝利の門の南のほうに国立歴史博物館があった。

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 すぐ近くに、おそらく真横ぐらいに国立美術館があるはずだ。誰に尋ねても、案内されるのは国立歴史博物館のほうで、そうでなければ国立図書館なのだ。

 4、5人に尋ね、たどり着いた国立歴史博物館の真横にあった国立美術館に入った。目的は16世紀からのイコンである。入館してしばらく展示されている画を観ていたが、雰囲気が異なる。イコンしか見たくない。館内の案内員に尋ねてみると、現在は、Ana Baranoviciという画家の企画展をやっており、イコンは別のところにあるらしい。その別のところの説明がわからなかった。

 国立歴史博物館、国立美術館の近くにお洒落なカフェが2、3軒あった。そこでしばらく休憩した。

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 カフェを出たときは夕暮れになっていた。

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 国立美術館沿いにあるプーシキン通りを少し南に歩いたところにラ・タイファスという店があった。入ってみた。有名店のようである。来店した人たちの写真が貼ってあった。

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 ほとんどのレストランでトラディショナル料理の名前を見つけることはできない。ラ・タイファスで、モルドヴィアン・スタイル・ミートソースというメニューを見つけて注文しないわけにはいかない。トマトケチャップをふんだんに使ったものだった。キシニョウ・サラダはパブリカ、マッシュルーム、チキン、チーズ入りでボリューム感がありうまかった。昨日、飲んだキシニョウ・ビール以外の地ビールを尋ねてみたが、それは置いてないらしい。ドイツの地ビールはあるようだ。ポーラナーのミュンヘナー・へレス。のど越しすっきりの標準的なビールだった。

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