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アジアンカフェをよろしく!

旅の夢をみよう いつかその場所を訪れるまでは  /  旅はヒーローになれる! 初めての街にはその舞台が用意されている。
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オデッサ、除雪をしろ! 疲れた、早々にホテルへ!

17日目  2016年1月22日 オデッサ

 キエフからの夜行列車は、6:30前にオデッサ駅に着いた。

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 あまり眠れなかった。駅前のカフェで落ち着きたい。ネオンのあるところを探すが、カフェはどこも開いていなかった。1つだけ開いていたのはマクドナルド。多くの人が殺到していた。20分並んでエッグマフィン。テーブルも混雑を極めていた。

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 この旅の最南端になるオデッサの日の出は7:32、日没は16:46。日本の冬至の頃と近似値である。日の出、日没は太古から変わらないものであっても日の出・日没の時刻をどう設定するかは、それぞれの国の政治的な意味合いが含まれてくる。つまりその地域に住む人間にとって変わらずにあるというのは1日の日照時間だけで、それが何時から何時までの間に設定されるかは、ときの政権に決定権があることになる。

 最南端の気温に期待していた。だって南じゃないか。今日のオデッサは-8℃。最高気温-7度、最低気温-14℃。裏切られた。タリン(エストニア)よりは暖かい。しかしヴィリニュス(リトアニア)やミンスク(ベラルーシ)と同じである。がっかりだ。

 9:00過ぎにマクドナルドを出た。予約してあるホテルヴィンテージは街の真ん中にある。駅正面から北に延びるプーシキン通りを歩き、ウスペンスカ通りを右に進んだ。

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 予想していた以上によいホテルのようだ。チェックインは14:00だが、12:00に入れると言ってくれた。リュックを預かってもらった。バスターミナルの場所を尋ねた。キシニョウ(モルドヴァ)行きのバスの発車時刻を調べてくれたが、駅の西2kmにあるというバスターミナルは思った以上に遠そうだった。

 駅の近くには近郊バスターミナルがある。まずそこに行って、キシニョウ行きのバスがなければ、駅から2kmのバスターミナルに向かうことにした。

 10分ほど歩いて駅に着いた。オデッサの道は歩きにくい。除雪をしていないからだ。除雪は、それをやる気のある商店の前だけ行われている。多くの店はやる気がなかった。車道は、雪に土が混じった状態で放置されている。歩くだけで疲れる。

 駅の西側に近郊バスターミナルはあった。小型のバスが道路に連なって止めてあった。チケット売り場がない場合は、バスのなかでチケットを買うことになるし、明日の予約はできないだろう。そんな感じのバスターミナルだった。しかしプラットホームの一画に小さな小屋があり、チケット売り場になっていた。キシニョウ行きの、明日の午前便は2本。8:50と10:00.8:50のチケットを買った。ラッキーだった、遠いほうのバスターミナルに行かずに済んだ。

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 駅にもどった。オデッサ駅は終着駅である。ホームは櫛形の形状をしており、線路の先端には車止めがある。パリのいくつかの駅、ローマのテルミニ駅もそうだ。ベオグラード駅は駅舎が古く、ホームの周辺はこじんまりしており、カフェがホームにはみ出していた。人は多くなく、最高によかった。

 オデッサ駅のカフェで──もちろん真冬のオデッサ駅は9月のベオグラード駅ではない──室内カフェでコーヒーを飲んだ。

 小雪がときどき降り、ときどき止む。ガラス越しにそれを見ていたが、いつまでもカフェにいられない。ホームに出て駅舎内に入った。駅構内が寒い。暖房は入れられていないようだ。

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 オデッサの地理はわかりやすい。駅正面周辺から北に向けて、東から西にプーシキン通り、リシェリー・エフスカ通り、カテリニンスカ通りがそれぞれ北に延びている。どれも2kmぐらいあり、それらの通りが終わる辺りが街の中心になっている。

 駅前からヴィンテージホテルに行くときに歩いたプーシキン通りを再び北に向けて歩く。30分近く歩いたところに高級ホテルのブリストルがあった。

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 その先にあったのはプーシキン文学記念館。入り口の前にあった銅像について尋ねてみた。プーシキンだった、やはり。学生の頃、ロシア文学をよく読んでいたが、プーシキンの作品はおそらく「大尉の娘」しか読んでいない。プーシキンはロシア文学の先駆けである。日本文学の二葉亭四迷と似たような位置に立つ。だからといっていいのかどうかわからないが、あまり評価されていない。私もほとんど知らない。

 モスクワや(旧)レニングラードの、チェーホフやトルストイの関連の家に行ったことはあるが、すっかり忘れてしまっている。プーシキン文学記念館のなかに入ってもほとんど理解できることはないだろうが、時間があれば帰りに入ってみよう。

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 その先にある西洋東洋美術館では何やら企画展をやっているようだった。さらに歩いて突き当たったところに、東から国立オデッサ文学博物館、オデッサ考古学博物館、オペラバレエ劇場がある。

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 オペラバレエ劇場では人がなかに入っていく途中だった。13:00過ぎに公演があるのは早すぎる気がしたが、特別な演目があるのかもしれない。

 オペラバレエ劇場の北側の通りからカテリニンスカ通りに入り、三叉路を東北のほうに歩くとプリモールスキー並木通りに出た。その下にポチョムキンの階段があった。映画「戦艦ポチョムキン」を観たはずだが、まったく覚えていない。1925年のソビエト映画である。

 この街に来る人は必ずこのポチョムキンの階段を見に来る。私もそのために来たようなものである。

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 実は朝から体の調子がおかしかった。睡眠不足あるいは旅の疲れ。いや雪のなかを無理して歩いてきたからだと思っていた。ポチョムキンの階段まで来たときは疲れがはっきりしていて、どこかで休みたくなった。

 とりあえず何かを食べて体力を回復しなくては、と思った。ポチョムキンの階段の近くにあるグリルの店に入った。牛のグリルを食べた。

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 暖かくなったが、体が回復している感じではなかった。ヴィンテージホテルに向かった。

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 やはり雪のせいだと思う。駅前のほんの少しの場所とポチョムキンの階段付近を除いて、オデッサには雪が溜まり過ぎている。ミンスクでは除雪車がフル稼働していた。多くの除雪員も駆り出されていた。20年間に見てきた除雪車の数をミンスクの1日は軽く上回った。キエフは除雪のあとがはっきりとあった。オデッサにはそれがない。歩くのが嫌になる街である。

 3:00過ぎにヴィンテージホテルにチェックインした。一昨日、セールで出ていたのを予約していた。物価の安いウクライナの、オフシーズンに値下げされた1泊17ユーロのホテルは素晴らしかった。

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 チェックインのあと、どこにも出ないで何もせずに旅日記も書かずに、ずっとベッドに横になっていた。
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