FC2ブログ

アジアンカフェをよろしく!

旅の夢をみよう いつかその場所を訪れるまでは  /  旅はヒーローになれる! 初めての街にはその舞台が用意されている。
2018年10月 ≪  123456789101112131415161718192021222324252627282930 ≫ 2018年12月
TOPスポンサー広告 ≫ チェルノブイリ博物館に行ってみた。TOPウクライナ ≫ チェルノブイリ博物館に行ってみた。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | Comments(-) | Trackbacks(-)

チェルノブイリ博物館に行ってみた。

15日目  2016年1月20日 キエフ   

 11:30頃にホステルVショコラディを出た。

 メトロに乗ってテアトラーリナ駅まで来てみた。昨日はこの駅で1日を終えた。終えた駅から続きをやろうというわけではない。

 道行く人に、昨日イルミネーションが輝いていた建物について聞いてみた。建物の目の前にはメトロのテアトラーリナ駅があった。テアトリーナがテアトル(劇場)だとしたら(何となくそう思っただけ)、イルミネーションの建物は国立劇場なのかもしれないと思ったのだが、普通の建物らしかった。

P1200001.jpg

P1200004.jpg

P1200006.jpg

P1200007.jpg

 やることはないが、朝ご飯を食べていないし正午を過ぎていた。カフェに入った。

 メニューのなかにウクライナ風ラザニアとあった。注文してみた。どこがウクライナ風なのかわからなかった。食べながらウクライナ・テイストを見つけようとしたが、おそらく標準的なラザニアだった。

P1200008.jpg

P1200009.jpg

 チェルノブイリには行かないことを決めてあったので、せめてチェルノブイリ博物館には行ってみようと思っていた。今いる場所はチェルノブイリ博物館の近くではないが、他に行きたいところはないので、そこまで歩くことにした。2km以上ありそうだが、ちょうどよい感じだ。昨日雪はほとんど降らなかった。道路の雪はかなり少なくなっていたし、今日も除雪をやっていた。十分歩けるだろう。

P1200011.jpg

P1200014.jpg

P1200016.jpg

 あちこち寄ってみてもいいと思って歩き出したが、結局、メインの通りを歩くことになってしまった。チェルノブイリ博物館の方向に歩いていたら、昨日通った独立広場に出た。昨日この場所で大して感動したわけではないが、ほお~とは思った。なんてことはない広場だ、というのが今日の感想だ。北に歩いて行くしかないが、少しは道を変えてみたい。昨日上った坂の1つ西側の坂を上ってみた。昨日の坂のほうがおもしろかった。昨日はレトロでやや壊れた感じの一画を見た。

 坂の上の左手奥にソフィア聖堂が見え、右手に聖ミハイルの黄金ドーム修道院が見えた。昨日と同じである。ここの雪は昨日と同じくらい残っていた。

 チェルノブイリ博物館の方向はアンドレイ坂の下のほうである。修復中のアンドレイ教会を見ながら、坂を下りた。ここも昨日と同じであるが、昨日は坂の下まで行かなかった。

P1200017.jpg

P1200018.jpg

P1200019.jpg

 坂の下まで下りてみた。勾配の急な坂が凍っていた。慎重に下りていった。夏にはこの坂に観光客が押し寄せるらしいが、想像できない。この旅で私が見ているものは、夏の旅行者が見るものとは異なっている。アンドレイ教会の下のほうにも観光客目当ての土産物屋などがあるのだが、今歩いているのは地元の人だけである。写真を撮っている人はいない。

P1200020.jpg

P1200021.jpg

P1200024.jpg

 坂を降り切ったところから、ところどころで道を尋ねながら歩いた。

P1200027.jpg

 広場に出た。プレハブのカフェ、パン屋、ケバブ屋があった。コントラクトヴァ広場というらしい。周囲の建物のところどころにもカフェやレストランがあるが、華やかな感じはなかった。トラムの駅があった。何台もの古いトラムが止まっていた。ここがトラムの、1本のラインの起点となっているようだ。

P1200029.jpg

 若い男の子が300mほどいっしょに歩いてくれた。チェルノブイリ博物館に連れていってくれた。

P1200031.jpg

 大きくない博物館だった。放射能拡散のシミュレーション、事故当時の対応、住めなくなった村について、健康診断などの様子、住民たちの困惑の顔などが写真、図解、模型などで表現されていた。放射能の防御服などの現物の展示もあった。

 全体としては、惨劇を情緒的に、感情に訴えかける展示が多かった。

 色あせた写真やかなりの枚数になる白黒写真は、時間が流れてしまったことを感じさせた。おそらくこの博物館は設立当時のまま、展示内容が更新されていないと思われる。だから今のチェルノブイリを知ることはできない。チェルノブイリは名前こそ全世界に広まったが、[原発事故≒チェルノブイリ≒住めなくなった地域]といった程度の情報に閉じ込められたままになってしまった。

P1200032.jpg

P1200035.jpg

P1200037.jpg

P1200036.jpg

P1200040.jpg

P1200041.jpg

 チェルノブイリを思い出させたのは、皮肉にも福島だった。チケット売り場付近には福島の原発事故に関する小さなコーナーが設けられていた。自身がレトロになってしまった博物館を大いに活性化させたことだろう。もちろん皮肉である。写真や放射能の拡散の地図、福島へのメッセージなどがあった。少ない福島の展示部分だけが博物館のなかで生き生きしているように感じた。2階には広島に原爆が落とされた当時の新聞などもあったが、福島の原発事故のコーナーのみが現在と結びついていた。

P1200043.jpg

P1200038.jpg

 コントラクトヴァ・ブローシチャ駅からメトロに乗った。2つ目で乗り替え、3つ目にヴァグザーリナ駅で降りた。

P1200049.jpg

P1200050.jpg

 一昨日に入ったビュッフェ風の人気店に行ってみた。今日も人がいっぱいいたが、この前、うまそうに見えたものは、食べてみるとやはりそれなりの味だった。この前はそんなふうには感じなかったのに。

P1210052.jpg

 ホステルVショコラディにもどった。泊まっているのは8人部屋である。設備は新しく快適な上、私を含めて初日3人、昨日2人いた宿泊客はついに私1人になった。1泊566円、1ヶ月いても17,000円ぐらい。メトロは1回30円ちょっと。ウクライナの物価は驚くほど安い。
スポンサーサイト

Comment

No title
編集
Maxさん。「ソ連のカモシカ」って聞いたことがあるような、ないような(笑)
ディナモ・キエフは私にとってシェフチェンコのチームのイメージです。

あのタオルマフラーのなかでディナモ・キエフのを見つけるなんて、すごいです。私はウクライナのチームはディナモ・キエフしか知らなかったので、どのタオルがディナモ・キエフのものかななどと考えながら写真に撮りました。
2016年01月25日(Mon) 02:50
編集
お疲れ様です
お土産店にあったタオルにサッカークラブのディナモ キエフの物がありましたね
Dのマーク
小生が若い頃に活躍していたスーパースターの快速FW「ソ連のカモシカ」ブロヒンの所属クラブとして知りました
あれ良いですね
2016年01月23日(Sat) 05:17












非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。