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アジアンカフェをよろしく!

旅の夢をみよう いつかその場所を訪れるまでは  /  旅はヒーローになれる! 初めての街にはその舞台が用意されている。
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ベラルーシ・ビザ申請。ヴィリニュス街歩き。

8日目  2016年1月13日  ヴィリニュス

 7:00過ぎにホステルジャマイカを出た。

 近くのバス停で待っていたが、6番、12番、14番のトロリーバスのどれもやって来ない。「地球の歩き方」の地図で確認してみた。来ないはずである。3路線とも通過しない場所で待っていた。トロリーバスが頻繁に通っていたので、どれかは通過すると思い込んでしまった。

 歩くことにした。ピーリモ通りを北に800m、トゥラン通りが交わってくる交差点を西に1kmほど歩けばいい。とりあえずはトロリーバスの架線に沿って歩き、6番、12番、14番の架線がクロスするところまで行こう。楽なルートである。

 朝から雪かき車が出動していた。道の雪を掻き出している人たちがいた。

 ベラルーシに入国するためにはビザがいる。観光ビザを取得するのは面倒だが、トランジット・ビザは何とかなりそうだ。2015年12月に2度、東京のベラルーシ大使館領事部に電話をした。勤務時間外に掛けたわけではなく、営業時間開始の3秒後に掛けたわけでもない。楽しい昼ご飯の邪魔なんてしていない。よからぬ電話だと思ったのだろう。2度に渡ってコールは無視された。忙しかったのだろうという好意的な解釈をしてやる必要はない。最低の行為である。日本でビザを取るのをあきらめた。横浜の相模鉄道沿線から、申請、受領のために2度も東京を往復するくらいなら、隣国で取ったほうがましである。

 まだ暗いベラルーシ大使館領事部の前には誰もいなかった。門の左手にあったタッチパネルを操作した。英語表示に切り替え、ビザ申請の項目を押すとパスポート番号を入力させられた。記号対応はしていないようなので、数字のみを入力してみた。入館の順番が記された番号札が出てきた。100番。まさか100人待ちということはあるまい。ビザ申請の順番は100番が最初のようだ。この番号札を手にすれば、その場に留まる必要はない。

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 門の前に、保険証書を作成してくれる代理店が2軒開いていた。そのうちの1軒に入って、保険証書を作成してもらった。領事部の開く時間は8:30からであることを教えてもらった。

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 100番の番号札に押された時刻は7:33となっていた。保険証書の代理店を出たのが7:40くらい。時間をどこかでつぶしたい。近くに花の市場があったが、落ち着ける場所ではなかった。隣にあった地元系のカフェは開いていなかった。大通りの西のほうに20階建てのビルがあった。1、2階にある商業施設は開いていなかったが、通りの反対側にあるKAVOSERAというお洒落なカフェが営業を始めていた。エスプレッソで一息付いた。

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 8:20にKAVOSERAを出て、領事部まで歩いた。門の前に1人待っていた。8:30前には5人になった。

 8:30、門の左上の電光掲示板に100番が最初に表示された。番号札にはバーコードがあり、それを入り口の取っ手の下にかざし門を潜った。1番目である。2番目だと前の人の様子をチェックできるのだけれど。

 領事部本館のなかは新しくきれいだった。窓口が10くらいあり、窓口の上には番号が表示されていた。100番の表示がある窓口に進んだ。窓口でトランジット・ビザを申請したい旨を伝え、必要な書類を提出した。

 2016年1月時点の、トランジット・ビザ(48時間有効)の必要書類は以下の通りである。

1.ビザ申請書
 領事部でもらえるはずであるが、もらえなくなっているという情報があった。東京のベラルーシ大使館のHPにアクセスし、印刷したビザ申請書を持ってきていた。ほとんどの項目をパソコンで入力していたので、タイプ打ち状態になったものを出力し提出した。ベラルーシでの滞在先を記入する欄には実在する(適当な)ホテル名を入れた。ビザが発給される前に、キャンセル料が発生するかもしれないホテルを予約するわけにはいかない。日本にいるときに記入できなかった項目(入国日など)については昨夜、手書きで入れた。

2.写真(1枚)
 ビザ申請書の右上に貼る。貼らずに提出したが、ホッチギスで留めてくれた。

3.パスポート(原本)

4.パスポートのコピー(1枚)
 いつでも出動できるように、自宅にはコピーが10枚ほどある。そのうちの2枚を持ってきた。

5.入国と出国のチケット
 ヴィリニュスからミンスク(ベラルーシの首都)に行くリュクスエクスプレスのバスがあったが、時間がかかりすぎるので鉄道で行くことにした。昨日、ヴィリニュス駅でベラルーシの入国、出国の両方のチケットを購入した。トランジット・ビザの有効期限は48時間である。日本にあるベラルーシ大使館領事部のHPには、有効期限は48時間であるが、2日目の24:00までに出国しなければならないという記載がある。つまり、初日の9:00に入国した場合、15時間(初日の残り時間)+24時間(翌日分)=39時間が有効期限であるということである。これについては(おそらく問われないと楽観的に考え)無視することにした。

 ヴィリニュス駅でチケット購入の際、想定外のことが起こった。充分あり得ることだが、予想していなかった。最初、1月15日の早朝のヴィリニュス発ミンスク行き(入国用)、1月16日の夜行列車のミンスク発キエフ行き(出国用)を予約しようとしたが、1月16日のほうは満席だった。1日ずらすことにした。1月16日早朝のヴィリニュス発ミンスク行き、1月17日の夜行列車のミンスク発キエフ行きのチケットを買った。48時間の制限がついている以上、ベラルーシの出国日は、入国日当日か翌日でなければならない。

 1月16日 ヴィリニュス6:20発  ミンスク 9:50着
 1月17日 ミンスク 22:42発  キエフ 10:00?頃着(1月18日)

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 私の乗る列車は1月18日の早朝、たぶん3:00~4:00くらいにベラルーシ・ウクライナの国境を抜けるはずだ。3日目に突入している。しかも48時間ぎりぎりの滞在になる。心配であるが、それで行く。もう決めた。

 領事部では、チケットのコピーを持っているかを尋ねられた。コピーの持ち合わせはなかった。領事部のほうでコピーしてくれた。チケットのコピーの、列車の日時の箇所にはマーカーを引きながらチェックをしていた。コピーを提出するだけでいいのかもしれない。

6.保険証書(1枚)
 領事部前の保険代理店で作ってもらえる。書類の作成時間は5分である。2.2ユーロ。保険証書には氏名、パスポート番号、入国日・出国日が記載される。2枚もらえたが、領事部に提出するのは1枚でよい。

 ビザ取得の情報がよく変わるというのは本当である。それはベラルーシ大使館領事部において顕著である。全体としてトランジット・ビザの取得は面倒になってきている。

・2012年7月。トランジット・ビザを取得する場合、保険証書は必要なかった。ベラルーシのインとアウトのチケットを見せる必要もなかった。7:30時点での入館待ちは70~80人いたらしい。受領は即日。
・2013年7月、タッチパネル式の入館機が登場し、順番待ちはなくなった。受領は翌日。
・2013年10月。鉄道で入る場合、保健証書が必要なし。ビザ申請書は領事部に用意されていない。受領は翌日。
・2014年4月。領事部にビザ申請書は用意されていない。保険代理店で購入できる。

 他にもあるだろうが、私が参考にさせていただいたのは上記の年月にヴィリニュスでベラルーシ・ビザを取得した方々のブログである。

 ベラルーシ・ビザは、ヴィリニュスやリーガの旅行社でも扱っている。50ユーロから100ユーロの手数料がかかるという情報があった。下の写真は2016年1月12日つまり昨日、ヴィリニュス駅の構内にある旅行会社である。ここでビザの申請を受け付けている。

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[受領について]

 私の場合、ビザの受領は1月15日11:00~16:00となった。2日後である。翌日に受領できると思っていたが、甘かった。「あなたは1月16日に入国するから(その前日の1月15日になる)」と言われた。明日にしてほしいと言ったが、聞き入れられなかった。もし明後日のベラルーシ入国のチケットを持っていた場合、明日の受給になったと思う。前述の過去の事例で翌日発給されているのは、申請者たちが翌々日の(ベラルーシ)入国予定だった可能性が高い。申請者たちのブログをそこまで丹念に読み込んでいないが、受領日は(ベラルーシ)入国前日に設定されている可能性がなくはない(判断できない)。

 パスポートを預けることになる。リトアニアはウズべギスタンのように警察官が街頭でパスポートの提示を求めてくる国ではない。

 申請後の翌日に受領できるのなら、月曜日から木曜日の間に申請し、火曜日から金曜日に受け取ればいい、というのが私の当初の目論見だった。月曜日の受領になってしまう金曜日の申請を避けようと考えていた。今日は水曜日である。遅くとも今週の水曜日の夜つまり今日の夜までにヴィリニュスに入り、木曜日の朝に申請するというのをこの旅の最初のマイルストンにしていた。

 領事部を出たのは、入館後10分後である。

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 以上が2016年1月13日のベラルーシ・ビザの申請についてである。

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 8:00前に入ったKAVOSERA(カフェ)にもう一度入った。ギリシャ風オムレツとアメリカ-ノ。11:00頃までゆったりした。

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 さて午後はヴィリニュス観光である。

 ベラルーシ大使館まで歩いて来た道をもどった。ロシア正教教会を通過しそのまままっすぐ歩いた。ピーリモ通りとの交差点を右折せずに、まっすぐ進みトゥラク通りに入った。2つ目のプランツシュコヌ通りを右に曲がった。雪の泥道の向こうのフランシスコ教会は閉まっていた。

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 トゥラク通りにもどった。東に歩いてドミニコス通りに入った。左手にある聖霊教会に着いたときは12:00を過ぎていた。この教会は12:00に一度閉まるようになっていた。

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 さらに東に歩いていくと、聖ヨハネ教会が見えてきた。ヴィリニュス大学と同じ入り口にあるようなのだが、門は閉ざされていた。門の外から、なかにあるチケット売り場が見えた。他に入り口があるかもしれない。働きながら大学に行っている男が案内してくれた。入場料がいるはずなのだが、学生が入る通用門から入れてもらった。

 自由に見ていいよ、中央の広場はそこを曲がる、食堂はあそこ、といったふうに大体の場所を教えてもらった。

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 聖ヨハネ教会に入ってみた。教会のなかをうつくしく見せるのは両横の壁の縦の線だろう。すっと伸びている場合、なかはスマートになる。色が白に近づくほどスマートになるが、黒が濃くなれば厳かになるわけではない。白が基調でも荘厳さは表現されている。漆喰彫刻の物量が多いほど迫力は出る。多すぎても白が基調なら、ゴテックのように(例えば日光東照宮のように)それほどゴテゴテした感じにはならない。バルト3国の教会のステンドグラスはどこも平凡だった。あっさりというより特徴が無さすぎる。この教会の鐘楼は、冬の間、閉鎖されていた。

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 ヴィリニュス大学の東を南北に通るピリエス通りから東に向かう路地のような通りがあった。通りの名称表示がないのは珍しい。路地を東に進み突き当たったところの南に聖ミカエル教会があった。教会遺産博物館への入り口はわかったが、聖ミカエル教会に入る扉がわからなかった。

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 ヴィリニュスには教会が多い。聖ミカエル教会の東にあるマイロニオ通りの東には聖アンナ教会があり、その裏にはベルナルディン教会があった。聖アンナ教会は閉まっており、ベルナルディン教会は昔の匂いがする教会だった。

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 「地球の歩き方」には、教会ごとの入場可能時間が記されているが、10月~4月のオフシーズン情報は十分ではない。聖アンナ教会は16:00~18:00に開いていると入り口の扉に掲示されていた。普通、それはあり得ない時間である。ガイドブックに昼休みの時間や礼拝の時間などすべてを書き込むのは無理だろう。一方、初めての街で、ツアーでもない限りいくつかの教会の時間を把握し、効率よく歩くのは無理だ。

 ベルナルディン教会に入ることはできた。15世紀にやって来たフランシスコ会によって創設されたらしい。現在の教会は16世紀に改築されたものらしい。素朴で威厳のある教会だった。

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 マイロニオ通りからバルボロス・ラトゥヴィライテス通りに入った。北側の庭園を抜けると、丘の上にゲディミナス塔が見えた。丘の周囲を回るように上った。丘の上にはゲディミナス城とゲディミナス塔があった。城には入れるのかどうかわからなかった。塔のなかに展示されてある出土品や武具は大したことがないように思われた。

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 丘の高さは100mぐらいだと思うが、眺めはよかった。南に広がる旧市街はそれほどでもなかったが、北のカリス川の橋の周辺は景色にちょっとした迫力が感じられた。橋の深い色がそう感じさせたのだと思う。丘を下るときにいっしょに歩いた学生は何度もここに来ていた。王宮のなかの博物館は見る価値はあると言っていた。

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 ゲディミナス塔の下にある王宮に入ってみた。代々のリトアニア大公が住んだ白亜の宮殿である。入り口の紋章を見たとき、普通の博物館とは違うかもしれないと感じた。だだっ広い博物館に、さっきの狭いゲディミナス塔にいた人数ぐらいの人しか入っていなかった。ハードウェアとしては立派な博物館である。上着やマフラーを預かってもらった。館内を回る順序は定められており、コースを逸脱することは許されなかった。主な部屋ごとに監視員が行き来し、勝手な動きは許されなかった。

 まずは地下を見なければならない。発掘された王宮の基礎部分が、アテネの古代遺跡のように展示されていた。そのあと2階、3階、4階とリトアニア大公関連の歴史がしつこいくらいに展示されていた。王宮なのだから無理もないけれど。しかし世界史で少し学習したことのあるルイ14世やチンギス・ハーンが詳しく語られるのなら多少の興味を持つこともできようが、ここに来るまで名前すら知らなかった王の歴史を最初から細部に渡って展示されてもまったく頭に入らない。ダイジェストにしてくれればかろうじて何とかなると思うけれど。

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 疲れ果てて王宮を出た。ここで2時間近くを費やした。

 大聖堂の外観はギリシャ建築風だった。安っぽかった。アメリカ合衆国議会議事堂の2倍くらいは安っぽい。もっとも大聖堂だからといって荘厳な感じを醸し出さなければならないわけではない。

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 大聖堂の北を流れるネリス川に出てみた。と書くのは正確な表現ではなかった。流れてはいなかった。表面は凍結していた。川に沿ったアルセロナ通りを東に歩いた。

 ネリス川の支流に当たる小さなヴィリニャ川を渡った。その東にある丘を登った。ヴィリニャ川をはさんで、さっき登ったゲディミナス城とゲディミナス塔のある丘とはツインのようになっていた。名称は3つの十字架の丘である。直接丘の上に向かう階段のようなものはなく、ぐるりと回るように登った。

 丘の上は強い風が吹いていた。寒かった。3つの白い十字架が、雪に汚れた灰色の街を見下ろしていた。真冬のこの時期の真っ白の十字架には何も感じなかった。3つ並べたのはリトアニアだからだ、とは思った。さっき登ったゲディミナス塔のある丘と同じくらいの高さなのに見える風景はちょっと違った。風景の迫力はもうなかった。なんとなくブリューゲルの画を思い出したが、ネリス川の対岸に畑があったわけでも農民がいたわけではない。画の構図と丘の上から眺めた感じが似ていたに過ぎない。

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 3つ十字架の丘を降り、再びネリス川に沿って歩いた、東のほうに。長い坂を1km以上歩いた。ヴィリニュスはあちこちに坂がある。

 坂を登って少し行ったところの正面に聖ペテロ&パウロ教会が見えてきた。入り口でお布施を強要された。写真を撮るんでしょう(だったら払って)と有無を言わせぬ感じで言った。漆喰彫刻の凹凸は際立っており迫力があった。過剰であるといっていいと思うが、天井はすっきりと洗練されていた。

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 旧市街をあちこち歩きながら、ホステルジャマイカからは5kmほどのところまで来てしまった。疲れ果てていた。2番のトロリーバスに乗ったはいいが、どこで降りればよいかわからなかった。歩いているときに起動していたスマートフォンの位置情報がトロリーバスのなかで止まったからだ。少し慌てたが、心配する必要はなかった。2番のトロリーバスの終点はヴィリニュス駅になっていた。

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 ヴィリニュス駅からホステルジャマイカまでは7、8分である。ホステルジャマイカまでもどり、昨日入ったパレス市場の前を通った。夜ご飯のレストランを探そうとどんどん歩いていった。左手に門があった。門の奥は、イルミネーションで華やかな雰囲気に満ちていた。右手に教会があった。聖テレサ教会だった。ということは、さっきの門は夜明けの門ということになる。聖テレサ教会の近くには聖三位一体教会や聖霊教会(今日の昼頃に見たのとは別の教会)がある。この地域は、今日は行けなかったところだ。偶然に通ることになってしまった。ヴィリニュス滞在中に時間があればまた来るだろう。

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 レストランが見つからない。夜明けの門を抜けたところは格式が高そうなところばかりである。少しもどって昨日入ったKAVINE BUDULIAに入った。フォルタスはないのかと尋ねてみた。ないそうである。昨日飲んだのと同じタウラスを飲んだ。

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