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アジアンカフェをよろしく!

旅の夢をみよう いつかその場所を訪れるまでは  /  旅はヒーローになれる! 初めての街にはその舞台が用意されている。
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十字架の丘めざして。シャウレイ。

6日目  2016年1月11日  リーガ シャウレイ

 鍵を部屋に置いた。それがレセプションのないパテフォン・ルームの、チェックアウトの際にやることである。Emesta Biznieka-Upisa ielaを西に歩き駅前を抜け、8:20前にバスターミナルに着いた。

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 一昨日タリンからのバスがリーガ・バスステーションに着いたとき、シャウレイ行きのバスのチケットを買っておいた。最初にバスステーション内のエコラインズのオフィスで、シャウレイ行きのバスについて尋ねた。1日3本の運行で、午前中に発車するバスはなかった(12:30発、15:00発、23:30発)。リュクスエクスプレスはシャウレイへのバスを走らせていないことを知っていた。公共バスのチケット売り場で尋ねてみた。一番早く出発する9:00のバスにした。

 20番のプラットフォームに入線してきたのは19人乗りのバンだった。7人が乗り込んだ。リュクスエクスプレスの立派なバスではない。旅はローカルムードになってきた。

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 バスは20分ほど走ったあと、郊外で出た。風景は雪である。冬の北海道の雪をきれいだと思いよく車窓を眺めるのに、バルト3国の雪を見る気がしない。曇天の暗さが雪を陰鬱に見せるからで、窓のスモークがそれに輪をかけている。

 1時間半ほど走ったところで、国境を越えた。高速道路の料金所のようなところが見えた。急に現れたので写真を撮り損ねた。もっともそこは使われていなかった。バスはすぐに停車した。道路の脇に止めてあったパトカーから人が出てきて、バスに乗り込んできた。入国審査である。私のパスポートのプロフィールのページを、1mほどの距離から遠望しただけで終わりだった。

 バスは変わり映えのしない雪景色のなかを走っていた。

 このバスのルート上に十字架の丘があることに2日ほど前に気がついた。つまりリーガとシャウレイを走るバスに乗って、途中下車をすれば十字架の丘に行くことはできる。ところが十字架の丘に行った人は、例外なくシャウレイのバスターミナルに着いてから、ヨニシュキス行きのバスに乗りドンタマイで降りている。帰りはドンタマイから必ずシャウレイにもどっている。しかしシャウレイからラトヴィアに行く人はリーガ行きのバスに乗っているときに通過するわけで、ラトヴィアからシャウレイに入ってきた人はリーガからのバスでドンタマイ・バス停を通過している。みんな十字架の丘とシャウレイの間を1往復半していることになる。

 ラトヴィアとリトアニアの国境を越えたところで、運転席の近くまで行って話してみた。

 十字架の丘の近く(ドンタマイ・バス停)で降りたい
 十字架の丘には行かない
 知っている。十字架の丘の近く(ドンタマイ・バス停)でいい
 このバスは停まらない
 知っている(←やはり)
 降ろしてもらうことはできない?
 できない

 エコラインズのバスなら顧客対応が期待できるので降ろしてもらえたかもしれない。

 ドライバーは、降ろしてあげたいんだけれど、という感じだった。ヴィリニュスやカナウスからシャウレイに入った人で十字架の丘に行く人は、そのあとリーガに行かない限り、シャウレイと十字架の丘を往復するしかないが、リーガからシャウレイに向かう人で、十字架の丘に行こうと思っている人は、このルートのバスに乗るのだから、駄目元でドライバーに尋ねてもみてもいい。もしかしたら降ろしてくれるかもしれない。私の場合は駄目だったが、ドライバーによっては停まってくれる可能性はあると思う。そういう感じだったということだ。フィリピンなら間違いなく停まってくれるだろう。もっとも十字架の丘まで20分ほど歩くことになるので、重い荷物を持っている人には勧められない。

 シャレウイ・バスステーションに着いた。11:25だった。バスドライバーに感謝する。すぐに荷物預かり所に向かった。このバスステーションにある荷物預かり所は11:30から12:30の間、昼休みに入る。荷物預かり所が昼休みに入る前にリュックを預けることができた。次にシャウレイに行くバスは12:15だ。このバスに乗ろうとするとリュックを持っていくことになる。荷物を預けたければ、13:15のバスを待つしかない。

 荷物預かり所のドアには「11:30から12:30の間は休憩します」という表示が貼られているが、少なくとも11:40の時点ではドアはまだ開いていた。もっともドアが開いているからといって、荷物を預けることができるかどうかはわからない。

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 大きくないバスステーションだった。街の規模が大きくないことが推測できた。20ユーロで十字架の丘まで行くというタクシーのドライバーが声を掛けてきた。観光案内所でタクシーを呼んでもらうと20ユーロで行けるが、それ以外で交渉した場合は吹っ掛けてくると「歩き方」に書いてあったが、そういうことはなかった。おそらくオフシーズンだからである。今日の天候なら20ユーロは安いといっていい。

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 12:15発のヨニシュキス行きの小さいバスに乗った。小さなバスは、さっきリーガから乗ってきたバスが通った道路を反対方向に、つまり北に走っている。20分近く走ってドマンタイ・バス停で降らしてもらった。0.8ユーロ。

 道路上の何もない場所ではなかった。バス停の表示はあった。

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 粉雪が横殴りに吹いていた。7、80mほどシャウレイのほうにもどり、左に行く道を進んだ。ここから一本道である。周りの畑に雪は積もっているが、道路は雪に埋もれていたわけではなかった。足がずぼっと雪に埋まることを想定していたが、そうならずにすんだ。

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 寒すぎる。風が強いからだ。風は東側から粉雪を運んでいるので、道路の西側に並んでいる防風林は役に立たない。夏ここに来る人はそれが防風林代わりになっていることを意識しないで、うつくしい風景のなかを歩くのだろう。

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 道路から少し離れたところにいくつかの建物はあった。

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 20分ほど歩くと、左手に雪に埋もれた建物が見えてきた。十字架の丘のインフォメーションセンターの建物だ。手前は駐車場になっていた。開いているのかどうかわからないインフォメーションセンターを無視して歩いた。

 右手に十字架の丘は見えているのだが、辺り一帯が雪におおわれていて、どこから入ればよいのかわからない。雪のなかに足跡はない。そこが畑のような場所かもしれないので、道のないところを歩くのは憚れた。十字架の丘の(おそらく)西側方向にあると思われる記念碑まで歩いてみた。車が1台置いてあった。誰も乗っていない車から荘厳で鋭角的な音楽が流されていた。

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 記念碑の脇から十字架の丘に入っていった。

 十字架の丘は「リトアニアの十字架の手工芸とその象徴」の1つとしてユネスコの無形文化遺産に登録されている。十字架の数は10万本といわれている。最初の十字架は、1831年のロシアに対する蜂起のあとに処刑されたり流刑になった人のために建てられた。ソビエト連邦時代、この丘は禁城とされKGBと軍が何度もブルドーザーでなぎ倒し焼いたらしい。その都度、リトアニア人は新しい十字架を建てここを復活させていった。今では世界各国の人たちが十字架を残していく。

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 あとから1組のグループが車でやってきた。この場所で私が出会った訪問客は彼らだけだった。

 丘を降りたところがどうやら入り口のようだった。もう一度、丘の上に登ってみた。

 リトアニアは十字架の国、だそうである。十字架の国と呼ばれているから、十字架の丘を作ったのではあるまい。ロシアとソビエト連邦への抵抗を十字架の丘で示したからこそ、十字架の国と呼ばれるようになったのだと思う。彼らにとっては、思い入れがあるという以上に、民族の存立基盤としての場所なのだろう。

 日本人の私は、と書いてよいのかどうかわからない。私はまったく感情移入ができなかった。変わったもの、特異なものとしてしか捉らえられなかった。ただ夏の晴れた日に観光バスで大挙してやって来るなかの一員としてよりは、風が吹き雪が舞う道を来たほうがこの場所にふさわしいとは思った。

 丘の正面からはインフォメーションセンターに続く道路があるようだった。その道を歩けばよかったのだ。

 インフォメーションセンターは開いていた。十字架のグッズなどが土産物として販売されていた。カフェはなかった。自動販売機のコーヒーで暖まった。

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 バスは遅れることもあるが、早くやってくることもあると「地球の歩き方」に載っている。バスの運行に関して、一般的な解釈をしているに過ぎないのだが、「早く行って待っていたほうがよい」という書き方である。13:30にインフォメーションセンターを出発した、てくてくと、のろのろと。歩き始めたとき雪はほぼ止んでいたが、風は強かった。-5℃はフードと手袋がなくてもなんとか我慢できる気温だが、それは風がないことが前提である。

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 13:50にドマンタイ・バス停に着いた。次のバスは14:03発である。13分待ちである。バス停にはバスの発車時刻が載っていた。なかなか丁寧である。雪が激しくなってきた。2014年1月に夕張で大雪のなかバスを待ったことを思い出した。

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 バスは早くやって来たわけでも遅れたわけでもなかった。

 14:20頃、シャウレイ・バスステーションにもどった。地図を参考にしながら、バスステーションの周辺を少し歩いてみたが、旅行者を引き付けるような街ではなかった。カフェやレストランも少ない。バスステーションのファストフードの店でハンバーガーのセットを食べた。

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 荷物預かり所でリュックを受け取り、外に出た。大雪になっていた。予約してあるトゥルネ・ゲストハウスに向かう。途中にレストランがあれば入ろうと思って歩き始めたが、どんどん住宅街のほうに入っていった。レストランもコンビニもない。チェックインをしてしまえば、雪のなかをレストランに行く気がなくなる。バスステーションの近くにあるスーパーマーケットまでもどり、夜食用のパンと菓子を買った。

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 昨日までのバルト3国に舞う雪は粉雪だったが、今日のシャウレイに降る雪はふんわりとした綿菓子のような雪である。明日は積もっているだろう。すでに十分積もっている。雪の住宅街をざくざくと15分ほど歩いて、トゥルネ・ゲストハウスに着いた。

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 屋根裏のシングル部屋。シャワーとトイレが付きで1泊12ユーロはお得である。この旅初めての洗濯をした。

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