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アジアンカフェをよろしく!

旅の夢をみよう いつかその場所を訪れるまでは  /  旅はヒーローになれる! 初めての街にはその舞台が用意されている。
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リーガを歩く。旧市街とユーゲントシュティール建築群。

5日目  2016年1月10日  リーガ

 今日のリーガの日の出は8:57、日没は16:03。同日のタリンと比べると日の出で15分、日没で20分の差がある。つまりリーガのほうが35分、昼が長い。東京の日の出は6:51、日没は16:44なので、日の出については2時間6分の差があるが、日没は41分差である。昼の時間はリーガより東京のほうが2時間47分長い。

 10:30、部屋を出た。わからないことがあったら何でも尋ねてくれと、昨日言ってくれたカップルの宿泊客AとDは早朝にチェックアウトしたようだ。

 歩き始めて、今日が日曜日であることに気がついた。人通りが少ない。駅周辺の食堂やカフェの多くが休みのようだ。バスターミナルは駅の西側だが、東側にも大型のバンが集まったバス乗り場があった。

 旧市街に入る手前のカフェで朝ご飯。昼に近いので少し食べておくことにした。

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 スマートフォンで天候のチェックをしてみた。今日の気温はー10℃、-9℃、-8℃と夜に向けて上昇していくようだ。2日前のタリンよりかなり過ごしやすそうだ。

 旧市街に入った。昨日入った聖ペテロ教会の横を通った。聖ヨハネ教会は今日も閉まっていた。

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 ブラックヘッドの会館の前に立った。建物の上のほうに大時計があり、その下に4人の彫像があった。その間にあるのが、4つのハンザ都市の紋章らしいのだが、上のほうにあるので判別はつかない。リーガ、ハンブルク、リューベック、ブレーメン。ハンザ同盟のなかにリーガは入っていた。高校の世界史でリューベックやハンブルクを覚えた記憶はあるけれど、リーガは・・・。単に忘れてしまっただけなのかもしれない。

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 目の前にあった白い建物が市庁舎だったことに昨日は気づかなかった。建物がきれいなのは再建されたからで、その前にある聖ローランドの像も再建されたものである。

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 市庁舎の東側の広場から北に延びる細い道を歩いた。すぐにリーガ大聖堂が見えてきた。高さ90mの塔は1776年に立て直されたものなのだが、それ以前の塔はさらに50m高かったというのには驚いた。1776年以前に、140mの建築物が存在したとは信じがたい。日曜の今日、大聖堂が開くのは14:00になっていた。リーガ大聖堂のすぐ北側にある美術館風の建物は、リーガ証券取引所美術館である。

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 イエーカバ通りを東北方向に歩き、マザーヒルス通りに入り少し進んだところに3つの建物が並んでいた。「三人兄弟」と名付けられている。

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 三人兄弟から東北方面に少し行くと聖ヤコブ教会がある。素朴な感じの教会だ。礼拝が始まろうとしていた。リーガで一番気に入ったのはこの教会だ。

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 ピルス通りを北に歩くと聖母受難教会があった。外観がすっとしていて、味気ない建築である。

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 聖母受難教会からピルス通りをリーガ大聖堂のほうに歩き、最初の通りを右に曲がったところにあるのが、英国教会である。外観はかなり傷んでいた。内部に装飾はほとんどない。どこの教会にもある固定された椅子もなかった。少し貧相なステンドグラスにだけ教会らしさをとどめていた。

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 聖母主観教会の奥にリーガ城があるが、城とはいえない。2013年に火災にあったらしく、そのなかにあった大統領官邸とラトヴィア歴史博物館は移転してしまった。南側の塔の一角に、(おそらく)古い城だと思えるところがあった。なぜかそこだけ修復されていなかった。なかに入れるかどうかを守衛の人に尋ねてみたが、入れるような場所ではないようだ。大統領官邸のあった場所である。

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 リーガ大聖堂までもどりズィルグ通りを東に歩いた。猫の家を見た。この家に住んでいたラトヴィア人は、ドイツ人が支配的なギルドに加わることができなかった。そこでギルドの会館に尻を向けた猫を屋根に取り付けた。ギルドは怒ったらしい。それに対し、ラトヴィア人は言った「あなたは規則を持っているのに守らない。私の猫は規則を持っていないのだから、どう振る舞おうと自由である」。と、まあそういうことらしい。猫好きの人は見に来るのだろう。クチン(マレーシア)の巨大猫よりセンスはよい。高いところにあるので、カメラの望遠が必要になってくる。

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 スミルシュ通りを東に歩いた。突き当りの左手に火薬塔とラトヴィア軍事博物館があった。過去に使われた大砲や武器が展示されてあった。リーガ城を囲む古い絵地図のようなものもあったが、第1次世界大戦と第2次世界大戦の歴史に関する写真や文書などが展示のメインである。書かれたものを読むことはできなかったが、写真の兵士の姿には絶望的なものを感じた。ナチスドイツの侵攻が止まり、戦線が膠着したのはレニングラード(現サンクトペテルブルグ)とモスクワのラインである。戦史に詳しいわけではないが、地理的にはその西側にあるラトヴィアはドイツの侵攻を受けたことになる。年配の人が食い入るように写真を見ていた。

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 戦艦大和の模型があった。おそらく250分の1スケールのプラモデルである。小学生のときにほしかったが、買ってもらえなかったモデルをまさかここで見ることになるとは。普通、船のプラモデルは船底までを含めた全体を組み立てるのだが、喫水線から上だけを組み立てるモデルも登場していた。そういうタイプのものを4、5隻作ったことがあったが、それと同じものがあった。戦艦霧島を作った記憶があった。ドイツを中心とした戦車の模型もあった。その精密さからいって田宮模型のものに間違いなさそうだ。

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 ラトヴィア軍事博物館の西側に100mほど続く城壁があった。昔のものがそのまま残されているのかと思ったが、近年に修復されたものだった。

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 その北側は旧ヤコブ兵舎を利用したレストランやショップになっていた。金を掛けたレストランのメニューがあった。こういうふうにしてしまっては、メニューの中身を頻繁に変えるわけにはいかないだろう。

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 旧ヤコブ兵舎の南にあるトゥァルニァ通りから雪で凍ったイェ―カハ広場を抜け、広いヴァルデマーラ通りを東に歩いた。途中にあった川は凍結していた、もちろん。既に旧市街を出ている。ラトヴィア国立美術館の前の交差点を北に進み、エリザべテス通りに入った。ここからがユーゲントシュティール建築がある地域である。

 リーガはユーゲントシュティール建築の宝庫である。私はこの言葉自体を知らなかった。もちろんどういう建築なのかも知らなかった。調べてみると、1896年に刊行された雑誌「ユーゲント」に代表されるドイツ語圏の世紀末美術の傾向を指すとあった。フランス・ベルギーのアール・ヌーヴォーに対応する言葉である。広義のアール・ヌーヴォーといってもいいようだ。

 リーガはポーランドやスウェーデンの統治を受けたあと、ロシアに編入されたが、元々ドイツ人によって建設が始まった街である。それを考えれば、ドイツ風の建築が残っているのは不思議ではないだろう。

 アルベルタ通りとエリザベテス通りがユーゲントシュティール建築の中心である。ゴティックのゴテゴテ感はない。装飾は軽い。色は白っぽい薄めのものが多いが、そうでないものもある。

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 建物に装飾が施されているのは、あくまで表側だけのようだ。一部の建物の中庭に入ってみた。装飾は一切なかった。あまりに殺風景だった。もっともすべてのユーゲントシュティール建築の建物がそうなのかどうかを知らない。

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 旧市街にもどらないで、長いエリザベテス通りを南に歩いた。まっすぐ歩けば、駅前に出る。

 途中、危ない名前のレストランがあった。店内に客はかなりいた。

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 私が入ったのは危なくない名前のレストランであると思う。しかしヴェールマニーティスという名前が危なくないかどうかを知っているわけではない。

 カフェテリア形式で、料理を自由に選べるレストランだった。みんな楽しそうに食事をしていた。メニューを見ないでおいしそうなものを注文した。おいしそうなものばかりで、迷いに迷った。6.5ユーロ。安いと感じた。

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 外はもう暗くなっていた。気温は上昇しているわけではないようだ。朝より寒い。マグドナルドでコーヒーを飲んだ。
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Comment

No title
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Maxさん。返事が遅くなってしまい、申し訳ありません。

寒さにはもう慣れました。マイナス5℃くらいまでなら全然平気です。-10℃くらいで寒いかなと感じ始めます。-13°くらいでやばそうな気配がし、-20℃付近になるともうだめです。

エストニア、リトアニアは地ビール飲みました。パンはどこにでもあります。
2016年01月15日(Fri) 18:33
編集
寒中お見舞い申し上げます

素敵な写真が多くて楽しく読ませていただいております
出来れば地ビールと美味しいそうなパンの写真も掲載お待ちしております
2016年01月12日(Tue) 20:05












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